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翌日、北川のもとに岩田からメッセージが入った。
「3日後に公開練習があるから来てください。仮入部した人は全員参加してもらうことになってるので、よろしくお願いします」
北川は躊躇した。だが、次のメッセージを見て心が動いた。
「小泉も北川君に会いたがってます」
小泉は北川が中学のときの1つ上の先輩だった。同じバスケットボール部に所属していた。副キャプテンを務めていた小泉はスリーポイントシュートを得意としており、部の中でも攻撃の要となっていた。すらりとした長身に鍛え抜かれた細マッチョの体型の小泉は女子からの人気も高く、バレンタインデーにはたくさんのチョコを貰っていた。また試合中の活躍がめざましかったこともあり、他校にもファンクラブができたほどだったのである。それほどの先輩が高校であえてバスケットボールを選ばずに合唱を始め、今も続けているということに少なからず興味を覚えた。それで北川は公開練習を観に行ってしまったのだ。
音楽室に足を踏み入れると、そこでは繊細でかつ豪快で力強いハーモニーが奏でられていた。かなりハイレベルな演奏であることは素人の耳で聴いても明らかで、全国大会に7年連続で出場していると言われても納得できるレベルだった。それでも指揮を執る瀧口からは
「今のところ、バリトンとベースの声質が合ってない。八分音符で下がっていくところの集中が切れてる」
「トップの高音はそこはもっと響かせないとダメ。声がのど声になって割れてる」
「ピアニッシモは『弱い』じゃない。音が小さいだけだ。集中して鼻腔共鳴を途切れさせない様に」
と、細かく厳しい指摘が飛んでいた。そしてそのとき北川は思ったのだ。
――入部、辞退したいな。
勧誘の文言と目の前の現実に明らかな乖離が存在していた。クラス合唱しか経験がなく、楽典記号の知識すら怪しい北川が一日1時間から2時間程度の練習でこの領域まで達するということはどう考えても無理があった。とすれば、
「合唱に興味あった人なんて今の部員にもほとんどいないから」
という勧誘文句が嘘であるか、もしくは
「1時間から2時間程度の練習である」
という紹介のうちどちらか、もしくは両方が嘘だったということになる。なんとかして抜けなければ……と考えていたとき、指揮台に登っていた瀧口が振り向いた。
「新入生の皆さん入学おめでとうございます。そして入部希望者としてここに来てくださりありがとうございます」
ーーえっ?
北川は耳を疑った。北川が書いたのはあくまでも『仮入部届』だった。しかし目の前の指揮者であり音楽教師である瀧口は明らかに『入部希望者』と発している。
「寒椿高校の合唱部は全国大会39年間連続出場という輝かしい実績を持っております。そしてここ7年は連続で金賞を受賞しており、この伝統を未来永劫続かせるためには君たちの力が必要であり、そして3年間合唱という素晴らしい部活をやり遂げることができたなら、君たちには一生の財産になるに違いありません。共に頑張っていきましょう」
瀧口は胸を張ってそう語りかけているが、北川の頭の中には疑問符が何個も何個も浮かんでいく。その最中、セカンドテノールの位置に立っていた岩田が前に出てきた。
「ではこれから今年度の寒椿高校合唱部、結団式を始めます」
岩田の声と共に大きな拍手が沸き起こった。その後あれよあれよという間に式が進行し、その日のうちに音域チェックとパート分けまで行われてしまった。
こうして北川を含め公開練習を聴きに来ていた新入生は皆合唱部に正式入部したという『既成事実』がつくられてしまったのである。
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