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夏休みの夕方のファーストフードはかなり混雑している。見渡してみれば買い物帰りの母子連れもいれば、プール帰りのカップルの姿もあった。「籠球」と大きく書かれたバッグを持った背の高い女子のグループもいた。夏の日差しに照らされて皆真っ黒に日焼けしており、夏休みの旅行のことや恋人との関係のことなどを楽しげに話している様子だ。北川は席でウーロン茶に口をつけながら周囲を見渡す。自分自身が周囲とは明らかに異質のものように思えていた。
「すみませんお待たせしまして」
筧はそう言いつつ、Sサイズのコーラとハンバーガーの載ったトレイをテーブルに置き、席についた。
「こっちこそごめんな。学校内だと誰にどんな話を聞かれるか分からなかったから」
北川は穏やかな表情で語った。
「じゃあ早速本題なんですが……」
「部活を辞めたいという話か?」
北川の問いかけに筧は深く頷いた。
「……どう、思いますか?」
筧はおそるおそる尋ねた。
「どうもこうも、僕の口から気軽にやめていいよとか、やめた方がいいとか言える話ではない。立場的にもな」
「……ですよね」
「ただ」
筧が落胆の表情を見せようとした瞬間、北川が筧の言葉を遮った。
「ただ、何ですか?」
「ただ、僕は筧の本音を知りたい」
筧が押し黙った。2人を囲むテーブルの上にはガヤガヤと賑わう店内の明るい声だけが聞こえていた。
「受験勉強に専念したい、というのは大義名分としては確かにある。でも本音は違うんだろ?何か思うところがあるんじゃないのか?」
北川の心の奥底を覗き込むような目を前に、筧は観念した。
「……正直言って、もう嫌なんですよね。合唱部に居るの」
筧は北川から目を逸らしながら、そう吐いた。北川はその様子をじっと見つめながら耳を傾けている。
「今でも思いますよ。あのとき仮入部届を書かなきゃよかったって。あれを書いてしまったために合唱部に半強制的に入れられ、テスト勉強もろくにできず、クラスの友達とも全く遊べず、おまけに親に部費と捌ききれなかったチケットの代金とを合わせて何万も払わせて……僕の高校生活、こんなはずじゃなかったんです」
困り果てた顔を見せた筧に、
「よく話してくれたね」
と、北川は穏やかな表情でねぎらいの言葉をかけた。
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