仕方がないこと

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 公園にはポツリポツリと白い街灯が光っている。北川はその下にいる桜の姿を見つけると自転車を置き、汗を拭う間も無く駆け寄って行った。 「どうした?」  北川は息を弾ませながらそう桜に問いかけた。 「ごめんね、ゆきのり君。忙しいところ呼び出して。でもやっぱり直接会って話したかったから」  街灯にほんのりと照らされる桜の顔は、少し思いつめたような色をしている。 「で、話って?」  北川はそう問いかける。セミのジィジィと鳴く声が響く中、桜は北川から目を逸らし、空を見上げた。 「私ゆきのり君のことがずっと好きで、やっと卒業式のときに勇気を出せたんだよね。あのとき、勇気を出してホントによかったと思ってるんだ」  空を眺めながらそう紡ぐ桜。雲ひとつない空には夏の大三角形が光をたたえ、その姿を見守っている。 「あぁ、そうだったな」 「1年と3ヶ月かぁ……長いようで短かったね」 「それで、話って?」  徐々に北川の顔に疲れの色がにじみ始めてきた。 「別れよう。私達」  桜は吸った息を思い切り吐き出すようにそう告げた。突然の言葉に北川は身動きひとつ取れないでいる。 「私、ゆきのり君のことを待つの、ずっと辛かったんだ」  桜の目が真っ赤になっていることは、薄明かりの街灯が光る中でもはっきりと見て取れる。 「待つのって?」 「だって平日もいつも夜遅くまで練習、土日も練習、たまに練習が無い日は疲れてるからしんどいって……私達が最後に会ったの、いつ?それに、夏休みに旅行に行こうって言ってたのだって、急に行けないなんて言い出したじゃない。私、がんばってお金貯めたんだよ?」  北川は答えに窮した。最後に会ったのがいつで、どこに出向き、そのとき桜がどんな表情をしていたのか?北川の頭には何も浮かんでこない。 「部活のパートリーダーって言う立場があるから仕方ないだろ」 「ゆきのり君、変わったよね。合唱部に入ってから」  桜は哀しそうな瞳でそうつぶやく。 「変わった?」 「うん、変わったよ。今もそう。ゆきのり君自身が喋ってるように聞こえない。ずっと、誰かに喋らされているような感じ」  北川は眉をひそめた。 「うるさいな」 「うん。うるさくてごめんね。でもこんなうるさい話をするのももう今日だけだから」  中学の卒業式の日に顔を赤らめて視線を外しながら「好きです」と言葉少なに好意を伝えてきた桜が、北川にどこまでも真っ直ぐな視線を突き刺してくる。 「ちょっと、待てよ」  北川は思わずそう口にしたが、桜は首を横に振る。 「最後にこれ。全部は売れなかったの。ごめんね」  桜はそう言って封筒を北川の右手に握らせた。 「今までありがとう。さよなら」  桜はそう告げると北川に背を向けた。恋の終わりはいつも立ち去る者だけが美しい。昔誰かがこう歌ったという。ほんのりと街灯が照る薄暗い公園を立ち去る後ろ姿は、北川が今まで見続けてきたどの桜よりも凛々しかった。  ぼんやりと立ち尽くすこと数分。北川は手に握らされた封筒を開ける。そこに入っていたのは間近に迫った定期演奏会のチケット3枚と千円札が3枚、500円玉が1枚、そしてライトグリーンのメッセージカードが入れられていた。 「7枚しか売れなかったの。それと、定期演奏会当日は用事があって行けないから。ごめんね。成功を祈ってるよ。さよなら」  黒い文字で書かれた無機質な文面。スマホのメッセージでも手紙の中でも絵文字をたくさん使っていたはずの桜には似つかわしくないものだった。
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