仕方がないこと

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 校庭の木々が青々と茂る中、夏の日差しはどこまでも厳しく校庭に照りつけている。桜から別れを告げられた次の日、北川は授業そっちのけでぼんやりと窓の外を眺めていた。 「今までありがとう。さよなら」  桜がまっすぐに放ったその言葉が、じわじわと胸の傷をえぐってくる。そしてその痛みは昨日よりもはるかに大きい。最初にデートで行ったのはボウリング。ストライクが取れなくてむくれている北川に笑いかける桜の顔はとても優しく、思わず手を握った。最初にキスをしたのは、観覧車の中。北川にとっても桜にとっても、人生で初めてのキス。あまりの緊張に唇の感触を覚える余裕すらなかった。  あたりまえにスタンプ付きのメッセージが届き、それに他愛もない話を送り返す。その「あたりまえ」がプライスレスなものだったことに気づくのは、その「あたりまえ」が無くなってからだったりするものだ。 ーー仕方ないだろ。  北川はそう自分に言い聞かせながらため息をついた。毎日休みなく行われる練習と押し寄せる日々の流れ、家に帰れば次の日の小テストの準備と与えられた課題……北川に与えられた時間は当然1日に24時間しかない。ましてや分身がいるわけでもないのだ。 「ええと、今日やった漸化式は、国立大の入試では確率との融合問題でよく出てくるからな。しっかり復習しておくように」  数学教師の山田がそう皆に伝えた瞬間、終業のチャイムが鳴り響く。 「じゃあ次回の小テストはアドバンスの58番、59番、60番の中から1題だからな。模擬試験も近いし、しっかりと取り組めよ」  山田はそう言い残すと、教室のドアをガラガラと開けて出て行った。  授業が終わってからもなお気もそぞろな北川。その肩がポンと叩かれる。 「おい、北川。どうした?元気ないな」 「あぁ、斎藤か……」 「あぁ、じゃねぇよ。今日のお前、おかしいぞ?」  気もそぞろに応える北川に、斎藤が心配そうな声をかける。斎藤と北川とは中学校1年のときのクラスメートで、お互いの予定を合わせてよく一緒に遊びに行ったりしていた。高校に入ってからなかなか一緒に遊びに行く機会はなくなったが、こうやって休み時間のときにはよく声をかけてくる。 「……桜と別れたんだ」 「そうなのか……」    クラスの中で話し声がガヤガヤと響く中、斎藤はそう静かにつぶやいた。 「いいのか?」 「いいのか、って?」 「だから、北川はこのまま納得してるのか?ってことだよ」 「それは……仕方ないだろ」  北川は思わず斎藤から目を背けた。 「お前、いつまでその『仕方ない』を続けるつもりだ?」  斎藤はにゅっと顔を北川の前に出し、そう問いかける。 「あのさ……顔、怖いんだけど」 「怖くもなるさ。正直最近のお前、心配だよ。ほら、だって夏休みに朝霧と旅行行くって約束だって、急に断ったんだろ?だいぶ落ち込んでたんだぞ?朝霧の奴」 「仕方ないだろ……つくれないものは、つくれないんだから……」  北川はそう吐き捨てるが、斎藤は首を横に振る。 「朝霧が好きだったんなら、方法はあったはずだぞ。知恵を絞るか、勇気を絞るか。それができなかったのは、朝霧への思いが足りなかったから、もしくは……」 「そんなことはない。でもな、色々あるんだ。仕方ないだろ……」  北川がそううなだれたところで、始業のチャイムが鳴った。 「そろそろ戻るわ。色々キツいこと言ってごめんな。でも最近のお前見てるとさ、どうしても心配になるんだよ」  斎藤は憂いを含んだ表情でそう告げると、自席へと戻っていった。 ーー仕方ないだろ……こっちだって色々大変なんだよ……時間もないし、金も要るんだ……  北川がそうこう考え込むうちに、英語の授業が始まる。分詞構文の授業がどんどん進んでいくが、全く頭に入ってこない。  この日の北川はずっと気がそぞろなまま部活の時間を迎えた。
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