烏龍茶

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烏龍茶

「よし、じゃあ音楽室に戻って二次会やるぞ!二次会は全パート合同だ!」  焼き肉を食べ終えた田辺がそう叫ぶ。すると他のメンバーたちも田辺にぞろぞろとついていった。 「じゃあ、帰るか」  北川はそうつぶやいて田辺が率いている列を離れようとしたが、そこに立ちはだかったのは岩田だった。 「なんだ、お前今年も帰るのかよ」 「はい。今日はここで……」 「パートリーダーなんだから、こういうときにほかのメンバーと膝を突き合わせて仲良くなっておかないと」  北川はため息をつきたくなる気持ちをぐっと押し殺す。時計はすでに10時を回っている。一歩間違えたら警察官に補導されてもおかしくない時間だ。 「もう夜も遅いですし、今日はこれで」 「だからお前は頑張りが足りないって言われるんだ。さ、行くぞ」  反論など聞く余地なし、と言わんばかりの姿勢の岩田に言い返す気力はもう残っていなかった。  寒梅高校の音楽室は校舎のはなれにある。もともとは図書館だったところを改修して現在の形にした。セキュリティーもそこまで厳しくなく、使用時間の制約も比較的ゆるめだ。だからこそ長時間練習の温床にもなっており、かつこのような『柔軟な使い方』もできるわけだ。音楽室に北川が着いたころにはすでに二次会の準備はなされており、ポテトチップスや柿の種などといった菓子類などが中央のテーブルの上に所狭しと並べられていた。 「よし、じゃあ改めて乾杯!」 「乾杯!」  90人を超える雄々しい声が音楽室に響き渡り、それぞれがドリンクの入った紙コップを突き合わせる。日付が変わる前の夏の夜の音楽室は賑わいを見せていた。北川は賑わっている部員たちを音楽室の端の方から眺めていた。 「おい北川!コップが空じゃないか」  田辺が北川の前にやってきて、ウーロン茶のラベルが貼ってあるペットボトルの蓋を開けた。田辺は茶色い液体が半分ほど入ったそのボトルからコップに中身をドボドボと注いでいく。北川は軽く頭を下げて口へと流し込んだ。 「うわっ!」  思わず北川は顔を歪めた。舌と喉に焼けるような感覚が走り、口の中一杯に辛さが広がる。 「ハハハハハッ!」  田辺が笑い声を上げた。北川がその顔を見ると、その頬が赤くなっていた。 「どうだ?焼酎の味は」  そう言いながら岩田も寄ってきた。北川の中に強烈な嫌悪感が走った。 「どうしてこんなもの飲ませたんですか?お酒だなんて聞いてないですよ」 「じゃあどうして中身が何か聞かなかったんだ?聞いてくれたら教えたのに」  涼しそうな、そして意地悪そうな顔で田辺が答えた。 「それにいいじゃねえか。酒っちゅうもんを体験させて貰えたんだから。酒のひとつも嗜めなかったら、人生楽しくないぞ?」  馴れ馴れしい態度で岩田がポンポンと肩を叩いた。 「……帰ります」  北川はただ一言そう告げ、音楽室をあとにした。 「おい、待てよ!」  田辺の声が響くが、北川は後ろを振り返らない。 「……ったく、つまんない奴だな」  岩田の吐き捨てるような声に田辺が深く頷いた。
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