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 「ーー……どうだった?」 僕が最後の解説まで読み終わり本を閉じると彼が聞いてきた。彼は別の本を読んでいた。『悪意の手記』と書いてあった。僕は彼を見つめた。彼も僕を見つめた。 彼とは僕が考えている様々なことを話せそうな気がした。でも僕たちには限りがあった。人間としての限りがあった。何を話そう。 「あなたは、なぜ生きている?」 とにかく、口を開けてみた。なんにも考えずに第一声を発した。 「君はなぜ生きてるの?」 「質問に質問で返したらテスト0点なんだよ」 「それテストに限った話じゃあないよなぁ」彼は微笑み、そうだなぁとしばらく考え込んだ。考え込んだフリをしているように思った。 「仮に生きる目的を『幸福になる』ことだと考えてみるか。誰かの人生を眺めてやると幸福って永続的なもんじゃないね。刹那的な感じだ。ウマイ飯を食べているときとか趣味に没頭しているときとか愛人といるときとかに幸福を感じている。逆に飯がマズくて無趣味で親しい人がいなきゃ不幸だと感じそうだ」 「それはいずれ消える」 「ん。永続的じゃないからね。幸福になりたきゃそれこそ『ハーモニー』の世界に行けば事足りるよ。…で、それで俺達が満足するかってところか」 「満足だって幸福だよ」 「それもそうだ。じゃーなんと言えばいいか…その状態を、認められるか、かな?」 「どうでもいい」 「ぶったぎるなぁ。君は幸福に興味がないのか」 「……必要な分の幸福は要るかもしれない。心が死なない程度には。なんか、そう考えると幸福って食欲とかと変わんないな。腹が減れば喰う。それと同じ。肉体に一定量、栄養が必要なように精神は一定量、幸福が必要かもしれない」 「食欲と同じかー。ずいぶん貶められたね、幸福さん。あまりにも生きる意味にはなり得ないもんだ、それじゃ」 「どうだろう?」 「何が」 「…いや。結局、あなたは、なんのために生きてるの?」 「…ん。目下、読書かな?」 「それは幸福のためじゃ?」 「さあ。んで、実はもう一つあるんだ」 「なに」 「教えない」 「なんで」 「…そんな大したもんじゃないよ。そんな、新しい幸福論だとか哲学論理とか人類のゴールとか、そんな、大したもんじゃないよ。ごく個人的なもの。教えないけどね。人間だったら、そんな馬鹿げたものを持ってていいんじゃないか、って感じの」 「なんで隠すんだ。気にくわない」 「君だってなにかを誤魔化してる。お互い様ってことにしない?」 僕は少し不機嫌になったが、すぐに平常に戻った。 「じゃあ僕は行くよ…」 「どこへ」 「分からない」 「そうか… また、会おう」 僕は返事をせずに、再び黒い空間の中へ歩きだした。 歩いた。 歩いた。 ずっとずっと、歩いた。
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