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この小説を、A・Hと共に、もう一人のA・Hに捧げる。
今はもういない君のために。
君の痕跡を、我々なりに残すために。
■
蒸し暑い、夏の夜。
気が付けば、仰向けに転がった俺の体の上に、折り重なるようにして女が乗っていた。
首を巡らせると、どうやらここは近所の公園の、噴水前の広場のようだ。
他にひとけはなく、遠くでかすかな靴音が雑音として聞こえる以外には、静まり返っている。
混乱の中、自分が誰なのかを確認する。
織田壱。二十二歳。職業、小説家――ただし、休業中の。
どうしてこうなったのか、一瞬前の記憶がない。
「い、いたた……」
俺の上に乗っていた女が、身を起こした。セミロングの髪の中に見えた顔は幼い。高校生くらいか。
状況をみる限り、俺はこの女と正面衝突の上、転倒したように思える。
街灯の明かりの中でだが、女の顔に見覚えは――ない。
「ひ、ひえっ? す、すみません!」
女はせわしなく頭を下げると、「本当にすみませんでした!」と言い残して走り去って行った。
「なんなんだ、一体……?」
背中をさすりながら立ち上がると、すぐ耳元で
「えっ?」
という女の声が聞こえた。
まだ誰か傍にいたのかと思い慌てて振り返ったが、人影はない。聞き間違いだったか。
とにかく、家に帰ろう。
俺は嘆息して、自分のマンションに足を向けた。
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