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第三十五話 東と羊~その4
あまりにも軽い感じで言うので、内心苛立った。
人にバンドをやるように仕向けておいて、自分はそのライブには来ない。
せめて付き合いとか義理でもなんでも責任感というか、そういうものはないのか?
「俺がライブに行かないことに怒っているのかな?」
そして見透かされる。
羊は俺に対して、こう言えばこう思うというのを、よく分かっているのだろう。
彼がライブに来ないくらいで苛立ってしまったことを、少々大人げないと思った。
だから、自分の感情を抑えることにする。
あくまで表面的なもので、内心では完全にとはいかないが。
「相変わらず何でも知ったようなことを言うな、羊くんは」
「俺は何も知らない。ソクラテス……そう、ソクラテスさ」
「『無知の知』だっけ?」
「おっ! インテリだね、さすが東」
羊くんは笑いながら言った。
褒められているはずなのに、どうにも馬鹿にされた気分になる。
「そういえばゲームの話は覚えているかい?」
ゲーム――。
彼が俺のことを大切に想っている人物を連れて来れることができたら彼の勝ちで、見つけられなかったら俺の勝ちというもの――。
「……ああ、覚えてる」
いや、嘘だった。
彼が言われなければ、そんな話は忘れていた。
「その言い方、今思い出したって感じに聞こえるねえ」
また見透かされた。
でも、気にはしない。
「無意味なゲームだ。俺の勝ちは決まっているのに」
「ふむ、一理はあるな。東は僕が知っている中でもトップレベルで無知――つまり全知ではないが……」
「さり気なく酷いことを言うなよ」
俺が言葉を遮ると、彼は申し訳なさそうな声を出した。
だが、反省などはしてなさそうな態度で話を続ける。
「ごめんごめん、悪気はないんだ。でも、箸もちゃんと持てない、靴紐もろくに結べない男は、無知といっても差し支えないだろう」
羊くんの言う通りだった。
俺は、誰もが当たり前にできることや知っていることが、できないし知らない。
そういう意味では、俺は彼から教えてもらったことは多かった。
「さて、話を戻そうか。東、君は全知ではないが全能ではあったりする。だから一理あると言ったけど。君はその全能のせいか、自分を過信し過ぎるところがあるんだよな」
そんなことはない……。
そう言いたかった。
まず俺は全能ではないし、自分が凄い人間だなんて思ってもいないからだ。
だが、それでも今まで自分がしてきたことを考えると、羊くんが言っていることが正しく聞こえた。
「まあ、何にせよ。僕は 滞りなく着々と順調に手際よくゲームに勝つ算段をつけている」
「しつこいな。そこまでうまくいっているアピールをするなよ」
「だから僕が東に勝つ確率は、確実に確定していっていると思うけどね」
「確、確と続け過ぎだろう」
と、突っ込んだ。
俺は、彼がこのゲームをやろうと言い出したときに、言おうとしていたことを告げる。
「もうゲームなんてやめよう、俺の負けでいいから」
その言葉を聞いた羊くんは黙った。
俺の真剣さが伝わったのだろうか。
彼にしてはめずらしいことだった。
「怖いのかい?」
しばらくして、彼は呟くように言った。
「君を思う人は、意図せずとも君を守ってしまう、それが怖いんだろう?」
「どうしてそんなことを……」
「さっき言っただろう? 滞りなく着々と順調に手際よくゲームに勝つ算段をつけているってさ。調べたんだよ、色々とね」
「いくら調べようが、そんな人間はいないって言っているだろ……」
「人が君を思う気持ちを否定しちゃいけないよ」
羊くんは俺を遮って言った。
いつも通り丁寧な言い方だったが、少し怒っているような、そんな感じがした。
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