第三話 東と海~その3

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第三話 東と海~その3

スタジオ内は、とても整理整頓されていて俺が知っている他のスタジオとは違い、清潔そのものだった。 ただ、マーシャルやローランド、フェンダーなどのギターアンプ。 アンペグのベースアンプやパールのドラムセットを見ると、(なつか)かしさを感じる。 定番というと褒めているように聞こえないかもしれないが、いいものはやはり変わらないのだろう。 俺が感傷に(ひた)っていると、海は早速ギターをケースから出していた。 ダンエレクトロの59M n.o.s +(PLUS プラス) ブラック。 あまりメジャーではない楽器を見て少々驚く。 「へえ、海さんってめずらしいギター使うんだね。ダンエレクトロなんてシド·バレットかジミー·ペイジ以外で使っている人は見たことなかったよ」 「おっ! さすが知ってるね!! あたしゃ嬉しいよ~。そうそうシド·バレットはあたしのアイドルなんだ」 「初期のピンクフロイドを好きなバンドマンに初めて会ったな」 「そうかもね~。ロックマニアなら多いけど、バンドマンではいないかも。てゆ~か、海さんじゃなくて、海って呼んでよ」 何故かはよくわからないが、彼女は“さん”をつけて呼ばれたくないそうだ。 そして、もう一本のギターを俺に渡してきた。 エピフォンのG-400 Pro Silver Burst。 彼女が、前にメインギターが壊れたときに買った中古品だそうで、サブギターとして持っているだと言う。 「ほら、バーナード·サムナーもSG使っているし、(アズ)にはそういうプレイを期待したいな~って。いまギター持ってないんでしょ? よかったら使って」 「バーナード·サムナーは俺も大好きだけど、彼よりはうまく弾けると思うよ」 「たしかに、あれだけヘタクソなギターリストもいないもんな。だけどあのメランコリックな旋律(せんりつ)が弾けるのはバーナードだけ」 彼女の言う通りだ。 バーナード·サムナーはお世辞にもうまいギターリストではない。 だが、彼の弾くギターフレーズはとても涙を誘うのだ。 それから海はエフェクターボードを出して、エレクトロハーモニクスのBig Muff Pi OriginalとデジタルディレイDD-20を、マーシャルアンプにセッティングしていく。 先日に飲んだときに、マイ·ブラッティー·ヴァレンタインが好きだと言っていたが、機材を見るに、そのときの言葉が嘘ではないことがわかる。 それにしてもダンエレクトロにファズなんてかましたら、ハウリングの嵐な気がするが……。 「あなたはエフェクター使う? よかったら試して」 彼女はそう言ってBOSSのブルースドライバーを俺に渡した。 Big Muffと比べると随分(ずいぶん)と扱いやすいエフェクターを用意してくれたものだ。 俺はローランドアンプに借りたSGとブルースドライバーをセッティングしていると、海がmp3プレイヤーを出してスタジオにあったPA機器に繋いだ。 どうやら彼女のやっているバンドの曲のようだ。 流れている曲は、90sのUKロックやオルタナティブロックを思わせるもので、激しいギターとメロディーがあるとても聴きやすいものだった。 「なんかイメージが違うな。もっとマニアックな感じかと思った」 素直な感想を言った。 彼女(いわ)く――。 最初の頃は、ソニック·ユースやキリング·ジョークのような曲が多かったそうだ。 お客さんが来てくれるようになってからは、メロディーがある曲をやるようになったとか。 まあ、よくある話だ。 何曲か聴いていると――。 どこか北アイルランドのロックバンド――アッシュのアルバム『メルトダウン』を思わせるエネルギッシュな印象で、ヘビーメタル的な要素とポップさが融合(ゆうごう)した曲が多かった。 そう思っていると突然スピーカーから声が――。 「私は大丈夫なんて……強がってみるのだけれど~」 流れていた曲が止まったと思ったら、彼女が歌い始めていた。 元fra-foaのボーカル――三上ちさこのソロ曲、ファンダメンタルだ。 ディレイのかかったクリーンなギターサウンドを鳴らしながら、マイクに向かって何かを(いつく)しむように声を出している。 それを聴くと、誰かを強く思いながら歌っているのがわかった。 ……こないだ話していた死んじゃった人のことを考えているのかな。 好き……だったんだろうな……その人のこと……。 そんな風に思いながら俺は、彼女の歌に聴き入ってしまっていた。
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