モルモットの防災訓練

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モルモットの防災訓練

今は季節の変わり目である所為か、気管支炎が流行っているようだ。街行く人ごみからはパラパラとひどい咳の音が聞こえ、目につく人は皆、マスクを着用している。 * 家でぼんやりと大学の研究室での今年のカリキュラムを眺めていると、テレビから正午のニュースが流れた。 ◇ 正午のニュースです。高い致死率を示す『ボラエ熱ウイルス』による感染症は、アリフカを中心に急激にその猛威を振るっています。 海外渡航する方は、流行地域へは近付かぬよう、くれぐれも警戒して下さい。 ◇ 僕はリモコンの電源ボタンを押し、その辛気臭いニュースを流すテレビを消した。 海外渡航なんてする予定なんてない僕には関係のないことだ。それより、カリキュラムに目を走らせた。 僕は実験動物を扱う研究室に配属された。 モルモットに感受性の高い『仮性ペスト』を感染させる。感染した個体の80パーセントは死亡するが、残りの20パーセントは生き残る。その生き残った個体の血液中には、仮性ペスト菌を破壊する抗体が高濃度に誘導される。その血液から血清を分離して『仮性ペスト』の特効薬となる抗血清を作製する研究を行うのだ。 さらさらっとカリキュラムに目を通す僕の目に、『防災訓練』という文字が映った。 防災訓練?何だろう……? 地震などの災害に備えた訓練をそう言うのかも知れない。 でも、わざわざ研究室のカリキュラムに加えるようなことだろうか?少し変に思ったが、気に留めないことにした。 翌日。 「『仮性ペスト』の予防接種を受けなさい」 研究室の教授から言われた。 「予防接種?」 「そう。『仮性ペスト』は人間にも感染する。もし事故で感染し発症してしまったら、倦怠感、高熱、発咳に悩まされる。それに、一度発症してしまうと、今のところ有効な治療法はないんだ」 「予防接種を受けたら、発症は防げるんですか?」 僕が尋ねると、教授は頷いた。 「病原性のない仮性ペスト菌のワクチン株を体内に接種することで、菌の情報を体内で記憶し、次に仮性ペスト菌が入った時には菌を破壊する抗体を大量に産生するんだ」 僕は大学の医務室で仮性ペストの予防接種を受けた。
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