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人間の自我=社会を構成する細胞の一つ
劣等感を持っている人間は何故か他人にも劣等感を味わせたがる。
この法則は多分、誰にでも当てはまる。
楓はずっと「茉莉から蔑ろにされてる」と思っていた。
茉莉は姉である楓に対して「バカ」だの何だのとしょっちゅう貶すのだから。
でもそれは茉莉が劣等感を持っていたから、それと同じように楓にも劣等感を味わせたいと潜在的に思っていた事の反映だったのだ。
「自分が辛いから、他人にも辛い思いをさせたい」
という心理は
憎悪からのものであれ
依存からのものであれ
「理解して欲しい」
という動機に因るものである事が多い。
要するに
楓に対する茉莉の生意気な態度は
「本当は友達が欲しい」
「イジメられたくない」
「助けて欲しい」
という依存心理の表れだったのだ。
だが助けるにしても
先ずは「犯人の割り出し」と「告訴する準備」が必要になる。
これは楓の手には負えないのだ。
警察に相談しても動いて貰えないのなら、探偵を雇って犯人を割り出して貰うしかない。
そう思ったのだがーー
犯人が誰なのかという情報を不正な方法で割り出せたとしても法的措置を取るための証拠にはできない。
私的に報復する場合ならそれでも良いのかも知れないが、そういう仕事は受けられない。
警察が所定の手続きをして情報の開示を求めて割り出すものを証拠として法的措置に臨んで欲しい。
とかなんとかで興信所には断られた。
警察はネットの書き込み自体が個人に直接暴力を加えている事にはならないので、そうした事は民事訴訟でカタをつけて欲しいという態度だった。
思わず楓は
(警察ってマトモな興信所は犯罪まがいの事はしてくれないって解ってて「民事不介入」を唱えてるのかな?)
(それだとマトモじゃない興信所に頼んで私的な報復をするしか犯人達を追い詰める手段が無いじゃんか…)
(もしやこいつら、実は女子がネットで厭らしく誹謗中傷されてる猥褻な書き込みを読んで日夜ニヤニヤ笑いながら楽しんでるのではあるまいな?)
と警察に対して不信感を持ってしまった。
同情しろとか親身になれとまでは言わないにしても
「ちゃんと仕事しろ!」
と思ったのだ。
(そう言えばオレオレ詐欺とかの特殊犯罪に関してもそうだよね。警察は知らん顔なんだよね…)
不審な電話があったからと通報しても「被害が起こってない」なら犯罪は起こってないので相手を調べて逮捕するという事はないと言う。
尚且つ通報した側の人間のことを根掘り葉掘り聞く。
通報者の方を不審者扱いするのだから「お前ら本当は劇場型詐欺の元締めの暴力団とグルなんだろう?」と訊きたくなるというものだ。
しかし警察としてもサイバー犯罪に対処できるような人材がおらず「対処出来ないから対処しない」という姿勢なのだと後から知った。
(警察の皆さんが暴力団からお小遣い貰って癒着してると思った点に関してのみ謹んで謝罪いたします…)
それで蘇芳一家はどうしたのかというと…
こんな時こそ『ヒマワリ会』である。
表面的には無害な(?)NPO団体のようなフリをしているが
その実態はやはり『THE 宗教(!)』である。
会員は日本国内に留まらず世界の彼方此方にも居る。
その勢いは初代会長の日向照が亡くなった後に衰えたとは言うもののイケメン先生の男前ぶりに群がるオバサン達の行動力は侮れない。
会員数はン百万。
それでさえも会員として登録されていて、寄付という名のお布施やら、ボランティアという名の宗教活動に快く(中には親に言われてイヤイヤ従っている子供の姿も見られるが…)参加可能な人数である。
更には日向葵という芸名兼ペンネームで行われていた日向照の活動は更に多くの人々の知る所である。
そのコネクションを使わせて貰えば、か弱い傷心の乙女を苦しめている悪党どもの正体を暴いて、法的に追い詰める事も可能である。
なので父親と母親はここぞとばかりに散々お布施してきた甲斐もあってそれなりに親しい人の増えた『ヒマワリ会』ルートの法的措置の準備を進めていった。
一方で楓の方も…
「霊的にはこういう現象はどういうものなんでしょうか?そして犯人達を改心させる事は可能ですか?」
と、竜童に相談したのだった。
災難としか思えないような被害でも、それでも何かしら意味があり
茉莉にとって何かプラスに繋がるようなものが、こうした経験を経る事で得られるのかどうか知りたいと思ったのだ。
しかし竜童の答えは
「お前は、風邪の菌やらインフルエンザのウィルスが体内で繁殖して人間が体調を崩すことに深い意味を求めるのか?」
というものだった。
「…先生、ネットいじめと風邪やらの感冒は関係ないと思いますよ?」
思わずツッコミを入れた。
「先日話しただろ?『存続力』の話を。人間は単に生き続けるというだけで『存続力の更新』が必要なんだ。それが不足すると様々な不具合が有りと凡ゆる形をとって反映してくる。身体の病気である身上も対人運の病気である事情も『存続力が不足している』という事実を示す信号でしかない。
敢えて言うなら風邪やインフルで苦しんだ後、ちゃんと生き残って健康を回復すれば免疫がついてるだろ?
それと同じことが対人運の側面でも期待できるようになる。
勿論ちゃんと健康を回復できればだがな」
だそうだ。
「対人関係のトラブルから起こる人災は『対人運の病気』という事になるんですか?」
楓は釈然としないまま訊いた。
竜童はバカな子を憐れむような視線で優し気に楓を見た。
「『健全さ』とは或る意味、肉体の場合だと『遺伝子の設計図通りに日々細胞が作られ、日々古い細胞が排泄される』ことだと思わないか?
つまりはそこに『有機的秩序を有する活動の型』が存在し『新陳代謝』がある訳だ」
竜童は毎度のことながら楓の想像の斜め上を行き続ける。
「新陳代謝が活発だと古い細胞はどんどん死んでどんどん排泄されていかなければならないよな?
活動のテンションが高い新しい細胞が、活動のテンションが低い不活発な細胞を押し退けて居場所を奪う。
それは『可哀想』か?
人間の自我は肉体を構成する細胞と似たような動きを社会の中で見せることが多い。
よくあるだろう『あいつは社会の癌(細胞)だ』って表現が。
『人間の自我などというものは実は社会を構成する細胞の一つでしかない』という事を理解しておけばいちいち『社会の中にある対人関係内の排除衝動』に対して情緒的な物の見方を振りかけて『残酷だ』だのと思う必要もない。
情緒や情動は一般人同様に霊能者にとっても必要なものだが。
それは霊能者にとっては『使いこなすべきもの』であり『呑まれてしまう』べきではないという事だ」
竜童は冷徹に言った。
(自我が社会を構成する細胞の一つにしか過ぎないだなんて、結構暴論だと思うんだけど、この人が言うと納得してしまうんだよなぁ)
(何なんだろうなぁ、やっぱり他人を金縛りに掛けたり、残留思念に付いてた魂の粒子をオーラ纏った手刀で解体してしまったりと、「あり得ない」ことを普通にやっちゃう人だからなんだろうなぁ…)
竜童の話では「人間」という存在が「矮小化」されているように思えたので楓は釈然としなかった…。
しかし楓が憮然とした表情をしているのを気にも止めずに竜童が告げた。
「それはそうと。次の仕事は現場が遠いから泊まりがけになる。
まだ学生のお前は連れていけない。
だから動画を撮ってL○NEで送ってやる。
俺のも教えるから携帯番号を教えろ。
あと電話番号から知り合いを見つける設定をオンにしておけ」
なので言われた通りに番号を交換したあと、番号から知り合いを見つける設定をオンにした。
それで竜童のアカウントが判明したのだが…。
『レイちゃん』
という名前になってる…。
(何故に『レイちゃん』?…もしかして霊能者の霊とか?いや、多分下の名前がそんな名前なんだ)
と、今更ながら竜童のペンネームを調べるべく某乙女ゲームのキャラクターデザイン担当のイラストレーターを検索した。
すると出た。
『竜童零』ーー
考えてみれば
竜童は大抵いつも楓の事を「おい」「お前」「女子高生」としか呼ばない。
しかし偶にフルネームを呼ぶ時もあるのでちゃんと楓の名前は認知してるのだ。
しかし楓の方はーー
弟子入り先の自分の師匠のフルネームを今の今まで知らなかった…。
恐るべき習性である。
ブサメンオヤジのプライベートに対する究極的無関心…。
早速
「竜童先生ってフルネームは竜童零さんというんですね。さっき検索して知りました。宜しくお願いしまーす。レイちゃん(^^)」
とL○NEでメッセージを送ったら
「『愛』の逆は『憎しみ』ではなく『無関心』だ。俺を自分の忍耐力の限界に挑戦させてくれてありがとう」
との返事が返ってきた。
(よく判らないけど、先生にお礼言われちゃった〜)
などと喜んだ楓なのであった…。
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