期待の押し付けを諦めさせる為の品性下劣

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期待の押し付けを諦めさせる為の品性下劣

8a80ae8c-5347-4891-869f-9ab3116e7c76 その後ーー 茉莉を標的とした「ネットいじめ」を行っていた犯人が判明した。 「茉莉のクラスメートの誰かか?」 と思いきや… 犯人は中学時代の同級生の男子だった。(高校は別のところ) この男子。 将来はジャーナリスト希望だということで高校に入ってからは新聞部に入部している。 『印象操作、情報操作』などといった扇動術に関心があったらしく「意図的にイジメを作り出せないか?」を実験したかったのだと。 標的として茉莉を選んだ理由だが 「中学卒業時に告ったらひどいフラれ方をした」 という事で恨んでいたのだ。 なので茉莉のクラスメート達はと言うと、その恣意的に作り出された「ネットいじめ」に便乗していたことになる。 紛失した茉莉の持ち物の多くがゴミ箱から見つかっているが見つかっていない物もある。 それに関しては正式に盗難届を警察に出した。 (どうせ捜査なんてしてくれないんだろうけど) 「ネットいじめ」を作り出していた男子に関しては、その学校と両親の所へ弁護士が出向き、示談の方向で話が進められている。 しかしそれに便乗していた茉莉の学校内の手癖の悪い連中に関しては、学校内に監視カメラが設置されている訳ではないこともあり未だ判明していない。 「ゴミ箱から出てきた物はどうしたの?」 と楓が訊くと 「汚いからそのまま捨ててた」 との事だった。 (甘い!!!!) 「指紋が残ってるかも知れないので、手袋をしてビニール袋に収納しておきなさい。 その後で必ず精神科を受診して学校であった事を話して『辛くて眠れません』と訴えておきなさい。 本当は爆睡できてても! 『精神的苦痛を受けた』と言い張って傷害罪を成立させる為に必要な手順だからね。 あとスクールカウンセラーも予約してカウンセリングを受けて『辛いです』と話しておきなさい。 腹の中では『そんなに辛くないんだけどね』と舌を出してていいから。 とにかく傷害罪を成立させる為に『辛くて辛くて仕方ない』という演技をしなさい。 演技を上手く出来るようになる頃には大人は皆あなたの味方になってるから」 と楓が指示したら 「お姉の人間性が丸わかりになるアドバイスだよね。それ…」 と茉莉は呆れた。 「私の人間性は至って普通だよ? ちゃんと空気読むべき所で空気読んでるだけ。 基本的に人間は皆『強くて健全な人間』が好きだし、それが社会上のメンタル需要。 それを実感してきてるから『強く健全でありたい』と思ってるんだよ。 勿論その強さは去勢を貼ったり偉そうにするような種類の『強さ』とは違うものだけどね」 と言いながら楓は茉莉にベタベタお触りする。 茉莉は大人しく頭を撫でられたり背中を撫でられたりしていて抵抗はしない。 既に(こいつには何を言っても無駄だ)と諦めたようだった。 別に楓はシスコンでもレズでもない。 『調伏』後のアフターケアは大切だからだ。 楓の脳波パターン、生体パターンの模倣品が茉莉の中に入っているのだから そのパターンがまた別のパターンへと上書きされずに済むように度々活性化してやる必要があるのだ。 一人前の霊能者ならこうしたアフターケアも身体に触れずに済ませる。 自分自身に『不可視の手』があるようにイメージして、その手を使って相手を撫でる。 『実際にエーテル体同士が接触する感触を相手に感じさせる』くらいのリアリティーを創り出すのだ。 それによって頭、背中を撫でてやる。 相手は頭から背中にかけて生暖かいものに触れられてるような感じでゾワゾワするのだけど、それが悪いものではない事を知っているから大人しく受け入れる。 それには先ず霊能者側の熟練と、霊能者と客との信頼関係が必要になる。 シニカルで不機嫌で嘲笑的な現代人が多い昨今では、そうした信頼関係は成立しにくい。 原因の一つは『インチキ霊能者』や『ぼったくり霊能者』の存在がある。 あと漫画や小説などでも霊能モノは数多存在する事も、霊能というものに関する世間の認識を妙に捻ってしまっている。 創作物の多くが当然のことながら通俗的オカルティズムを大衆ウケさせるべく改変したモノである。 派手だしアクション過多だ。 そこに『地味な努力』とか『地味な苦労』とか『地味な思いやり』とか『地味な配慮』はない。 実は霊能とは華麗なパフォーマンスや派手な活躍とは無縁の地味なものなのである…。 *************** その地味な霊能者である竜童先生だが、急なイラストの仕事が入った為にまた少しの間、絵師へと早変わりしていた。 楓も竜童が霊能者活動の時は弟子だが、竜童が絵師活動の時はメシスタントだ。 イケメン先生の弟でありながら何故か竜童のアシスタントをしている正志がまたも朝っぱらから楓を迎えに来た。 通勤途中の車の中で 「それにしても、なんであんなに綺麗な絵を描けるのにエロ漫画なんて描いてるんでしょう?あの先生は」 と、楓は正志に尋ねてみた。 「だいぶん前に訊いた時には『聖人みたいにならなきゃならない空気が嫌いだから初めから誰にも期待させない為』って言ってました。でも少し前には『前衛芸術だ!』に変わってました。あの人、言うことが気分で変わるから…」 と正志は遠い目をした…。 「いや。『エロ漫画は前衛芸術』説は正志さんが唱えてたでしょうが」 楓がツッコむと 「いやだなぁ。この子は。そんなの先生の受け売りに決まってるでしょうが?」 正志はシレッと言い返した。 「まあ、ともかく先生が周りから期待を押し付けられるのが嫌いで、逆に周りを諦めさせて自由に振舞うのが好きな人だということは判りました」 と楓が頷くと 「やっぱり蘇芳さんは理解が早いですね。 周りに変な期待や押し付けをされると自分の自由がなくなりますからね。 早め早めに『こいつには何を言っても無駄だ』と諦めてもらうのが自分らしく生きる近道ですよね〜」 と正志も頷く。 楓のようなマイペースな人間も 正志のような女装癖のある変態も 竜童同様に『周りには変な期待を押し付けることを諦めていただこう』というタイプの人間なのだった…。
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