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この世という空間の性質
またも登校日が来てしまった。
楓は頭を抱えたくなった。
女装癖のある変態(正志)との仲が勘繰られたままになっていたのだ。
誤解を解く為にも
「この度、霊能者に弟子入りしました〜」
と皆に正直に話すことになるが、それだとドン退きされかねない。
しかし楓は
(…この先も竜童先生の元で学んでいってゆくゆくは自分も祓い屋になるのなら、どの道いつかはバレるもんね〜。早目に知らせて、早目に衝撃与えて、早目に偏見を浴びた方が、そうした諸々も早目に収まる気がする…)
と思った。
なので皆から正志の事について問い質された時に
「ヒマワリ会って知ってる?」
と、問い返した。
千重里は
「それは今更だよね〜。楓のお母さんがヒマワリ会のイケメン先生のファンクラブ会員だって皆知ってるし」
と言った…。
なので更に
「ヒマワリ会が宗教団体だって知ってる?」
と訊くと
「昔よくテレビに出てた日向葵って霊能者のオジちゃんが初代会長だったんでしょ?
そりゃ宗教だって予想はつくよ」
「…それでヒマワリ会と、あんたを迎えに来たイケメンと、どう関係があるの?」
「いや。訊かずとももう予想はついた。やっぱり宗教の勧誘だったか…」
「イケメンが無条件で擦り寄って来るのって宗教の勧誘か詐欺くらいだっていうし…」
「それでまさか、あんたまであんたのお母さんみたいにヒマワリ会にハマっちゃったの?それってヤバくない?」
「寄付という名のお布施に有り金全部巻き上げられたりしないように気をつけなよ?」
(うーん。皆心配してくれてるんだろうけど、何故か私が騙されてお金を巻き上げらる前提になるかな?…)
楓は言いにくそうに…それでもちゃんと説明することにした。
「あー。そうじゃなくて、騙されたりお金を巻き上げられたりはしてなくて。
実は正志さんはイケメン先生の弟さんで、竜童先生というヒマワリ会一門の霊能者さんのお弟子さんなの。
それで私もこの度その竜童先生に弟子入りしたので、正志さんは実は私の兄弟子に当たります。…ははは」
と、力なく笑って見せた。
「「「「………」」」」
皆が沈黙した。
「ゴメンね。千重里。
前にあんたと言い合いした駄菓子屋の件なんだけど。
あれも霊現象みたいなもんで、そのことがキッカケで自分が『物理的に存在してないものが見えてる』事に気付いちゃったんだよ。
それでお母さんとイケメン先生に相談に行った時に『霊能者に弟子入りした方が良い』って勧められて、お母さんが乗り気になって成り行きでそうなったっていうか…。
…いや。違うかな?
胡散臭いって思われるかも知れないけど、私は霊能者見習いになって目から鱗が落ち続ける日々の中で、実は満足してるんだ。
今まで皆に相談せずにいてゴメンなさい」
楓はペコリと頭を下げた。
「カエデェ〜。あんた宗教に騙されてる人達が言うのと同じこと言ってるよ〜」
「テレビにも出てた人が運営してた組織なら安全だ、って思いたいけど…心配だねえ」
「楓が霊感商法詐欺みたいな事をするのは想像がつかない…。
でも詐欺じゃなくて本当に霊能力があるんなら、万が一依頼する時には安く受けてよね?」
「あ、それ。私もお願い。お祓いとかするんでしょう?
幽霊とか本当に居るのか判らないけど、怖いのは嫌だから事故物件の部屋とかに引っ越しちゃった場合とかには保険代わりにお祓い頼みたいよね」
「ていうか、楓、幽霊みえるの?」
皆が色々喋る中で千重里が現実的な指摘をした。
「幽霊って、多分、皆が思ってるようなのじゃないと思う。
大抵は『念の糸に包まれた我執』が残留思念や心的残像として存在していて、それに魂が引っ付いてる事があるって感じかな?
それか『我執の持つ情報を菌がコピーしてしまって拡散してしまってる』というか…」
と楓は説明した。
「念の糸に包まれた我執?」
「残留思念や心的残像?」
「魂が引っ付いてる?」
「菌が拡散?」
「…ゴメン。意味不明です」
「…だよねー。私も最初はそうだった。でも私が見てた駄菓子屋は、私に憑いてるお祖母ちゃんの記憶ーーというか心的残像だったんだよ。
残留思念や心的残像は死んだ人だけじゃなく生きてる人も日々作り出してるものだから、それ自体は怖くないよ。
気をつけるべきなのは残留思念や心的残像の内容の方だね。
人の精神を病ませたり、肉体を病ませるようなものが『調伏』の対象になるんだよ」
「「「「ますます意味不明…」」」」
「スミマセン。でも詐欺とかじゃないから、安心して。
皆も将来的に何があるか判らないだろうし、万が一の時は私が安く引き受けますからね。うふふ」
楓がそう言うと皆が口々に
「安くする、じゃなくていっそタダにしろー」
とか
「何か出来る技があるなら見せてー」
とか言ってはしゃぎ出した。
『変わった道に進んだ友達』というのは(相手が有名人になった場合とか)
方々で話のネタに使える分、便利な存在なのだろう…。
***************
「またじきに漫画の方の締め切りが近づいてきて、そっちに掛かりきりになるから今のうちに自習できる訓練を呼吸法と瞑想の他にも教えておこう」
と竜童が太っ腹な事を言ってくれたので
「はい。どんなことでしょう?」
楓は機嫌良く尋ねた。
「肉体の鍛錬だ」
竜童が真顔で言う。
「………」
体育の成績万年「2」だった楓は
苦虫を噛み潰したような表情になった。
「何だその顔は。別に無理なことをさせようという訳じゃない。
単なるヨガだ。
『自分の身体』というものを意識しながら身体を動かす訓練だ。
それによって『大局的内観』に静的側面の他に動的側面も加わっていく。
ジッとして意識を集中しながら行っていた事が、これによって話しながらとか動きながらでも行えるようになる」
と竜童は言う。
ヨガによって大局的内観を動的側面にも広げていくという事なのだろうけど、難しそうだ。
しかし何とも便利な補助作用がつくようだ。
今のところ意識を集中して身体を密着させながら調伏を行うしかないのだが、それを日常的言動を取りながら自然に行えるようになろうと思ったなら
これを修得することは必要だ。
(それにヨガって楽しそう…)
と楓は密かに思った。
竜童は早速幾つかのヨガのポーズを教えてくれた。
呼吸に気をつけながら一つポーズを決めた後には、ラジオ体操のように、流れるように、次のポーズへと入る。
しかもゆっくりと。
(頭で考えなくても身体が勝手に動く、というレベルにまで慣れないと、これで大局的内観に入るのは難しそうだ…)
楓が一通り習った動きを真似すると
竜童がアドバイスを告げる。
「呼吸法や瞑想にしてもそうだがヨガの場合も大事なのは持続だ。
とにかく短時間でも良いから毎日行え。
あと一番大切な事は『記録』だ。
呼吸法・瞑想・ヨガを毎日毎日続ける中で何も変化を感じなかったり何か変化を感じたりする事があるだろう。
日常の日記をスケジュール帳形式で『何日の何時頃に何処にいて何をしていたのか』が判るようにつけるようにしろ。
それと共に呼吸法・瞑想・ヨガを行う中での変化の有無や変化があった場合のその違和感を詳細に記録しておけ。
それが『この世』という空間の性質を実感するのに必ず役立つ」
との事だった。
「この世という空間の性質ですか?」
と楓が理解できずにいると
竜童は頷きながら説明していく。
「お前も少しは分かって来てるだろうとは思うが、この世という空間には共時性や象徴性や傾向が存在する。
だがそれを他人に言われても人間は自分自身で実感しなければ、そうしたこの世の性質を勘定に入れた思考や行動が出来ない。
それを補おう為の『記録』だ」
(確かに他人に言われても自分で実感しないと身に付かないよな…)
竜童は更に言葉を続ける。
「人間が『意図して行動を起こす』場合、その意図が『知りたい』という知的好奇心に基づくものであれば、それを意図して起こした行動は高確率で人間に知恵を齎す。
物欲の場合は『所持しないことの不安』を前提に含んでいるので、物欲を満たす意図で行動を起こしても望みのものは得られないことが多い。
だが知的好奇心を満たすことの中には不安を前提に含む事がないので、意図して行動を起こせば高確率で結果が出る」
(不安を前提に含むと望みのものが得られにくくなる、という事なのか?)
と疑問を持ったのでそれを口にする。
「先生。不安を前提に含む望みは叶いにくいという事ですか?」
楓が訊くと
「聞いたことはないか?『潜在意識には肯定と否定の区別がつかない』『潜在意識には自他の区別がない』といったことを」
竜童も訊き返した。
「自己啓発ですね?潜在意識をうまく活用しようという発想の思想ですよね?」
「Y○uTubeのような動画サイトで色々視聴すると視聴したものや、それに関連したものが『あなたにおすすめ』って感じで表示されるだろう?
人間の『物を考える』という行為も『動画サイトでの視聴』と似たような傾向がある。
嫌いな相手の事やムカつく事をいつも脳内で考え続けている輩は『あなたにおすすめ』って感じで、自分が考え続けたものやその関連物に取り囲まれることになる」
(それが本当なら皮肉だな。トラウマを抱える人は決して幸せになれなさそう…)
そう思った楓の心境など無視して竜童は話を続ける。
「そういった事態も『この世』という空間の性質によって起こる。
日向流霊能術開祖の日向照の口癖は『日々考えている事までも守護神様達に覗かれていると思って、日々脳内に思い浮かべる事に注意を払え』というものだったが。
それは一応道理に適っている訳だ」
(なんか怖いな…)
「要するに日向照先生は『人間は皆、思考盗聴されてる』とお考えになっていたという事ですか?」
「どうだろうな?ネットの動画サイトで視聴したものの関連物が『おすすめ』で出てくるのは誰かが視聴履歴をいちいち覗いて嗜好傾向を推理して出してる訳じゃないだろう?
そういう『サービス設定』がそうした動画サイトという空間の仕様に予め織り込まれているからだ」
(うーん。人工知能とかにはいちいち覗かれてる可能性はある気がする…)
ふと楓の脳裏には『自我に目覚めた人工知能が人類を粛清しようとする映画』のイメージが浮かんだ。
それに構わず竜童は続ける。
「だが他人のスマホでそうした動画サイトのアプリを開けば、スマホの持ち主の嗜好傾向がある程度看破される事になるよな?
霊能者が心的残像を霊視して相手の人間性を看破するという行為もこれに近い。
本当に深い部分での『その魂の意思』などは客観的には判らない。
判るのはあくまでも表層的な部分だ。
これを勘違いすると『人類愛』的な奉仕精神を人間社会に持ち続ける事は難しくなる。
それを拗らせると『対人類粛清欲求』のようなドス黒い嗜虐心が起こってくる。
なのでその点に関しては俺も自戒している」
どうやら竜童も
『自我に目覚めた人工知能が人類を粛清しようとする』ような心理と似たようなものを体験した事があるらしい。
竜童の場合は自戒しているという事なので、そうした『対人類粛清欲求』を一応は乗り越えたという事なのだろう。
竜童の言う『深い部分での魂の意思』というものを知れば『対人類粛清欲求』に取り憑かれた者達の嗜虐心はおさまるものなのか。
その問いの答えは
楓はーー
(おそらく誰もが)
自分で知るしかないのだ…。
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