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眺望固定病
翌日は実は登校日だった。
なので登校しようか出勤しようか迷った。
結果「登校した後に出勤しよう」という事になった。
高校から竜童家へと向かうのは距離的にかなり遠くなるので、授業が早くに終わっても竜童家に着くのは遅れるだろうなぁ〜と楓は思っていた。
(でも早く行かないと竜童先生が逃げる、という事もないだろうから、まぁいいか)と軽く考えていたのだが…
何故か正志が学校まで迎えに来た。
よほど新しい弟子に逃げられるのが嫌なのだろう。
楓の友達が皆一斉に
((((彼氏か????))))
という疑惑と妬みの視線を向けた。
(流石に「この度、霊能者に弟子入りしましたぁ〜」なんて話すのは胡散臭過ぎると思って黙ってたんだけど。次の登校日には白状させられるかも知れない。だけど取り敢えずはLI○Eで何か訊かれても「ふふふヒ・ミ・ツ」とか書いて誤魔化そう…)
楓はオホホとワザとらしい笑い方をしながら正志の元まで歩み寄って車の助手席に乗った。
恐らく正志がブサメンだったら
((((援助交際か????))))
と思われたに違いない。
そのまま通報されてお巡りさんのお世話になるパターン(?)。
イケメンはイケメンであるというだけで「飢えてないだろうから性犯罪はしない筈」という世間の先入観によって「白」判定を受ける得な生き物なのである。
それにひきかえ世のブサメン達は「迷子の幼女に話しかけて交番に連れていってあげる」だけで
何故か「そのまま交番に拘留される」という可哀想な生き物なのである。
(その手の都市伝説があったよね〜)
そうした悲劇とは無縁のイケメンの正志であるが、その中身は『霊能者の弟子としては役に立っていない、エロ漫画家のアシスタント』なのである。
(しかも「リアリティーのある服のシワやら、リアリティーのある体制」のデッサンの為に度々女装させられている…)
ある意味、迷子の幼女を交番に連れていってあげるブサメンよりも余程危険な生き物である。
そしてこの危険生物。
竜童先生の所でエロ漫画家のアシスタントをしてる以外での私生活は謎に包まれている。
女装させられるからなのだろうが、手足のスネ毛やら何やらをご丁寧に脱毛していて、尚且つ「肌綺麗」なオニイサンなのだ。
(怪しい…。こやつ、実はエステに通ってるんじゃないのか?)
と密かに疑いの眼差しを向ける楓であった。
「それにしてもワザワザ迎えに来て下さらなくても独りで向かえましたよ?そこまで方向音痴じゃないんで」
楓が言うと
「竜童先生から逃げてリフレッシュするには『女子高生(蘇芳さん)を迎えに行きます!』と言うのが無難なんですよ。
覿面に許可が得られますからね。
それに俺も女子高生を物色しながら『カッコイイ』とか思われつつチラ見される事で、日々損なわれ続けている自尊心を回復したいですからね〜」
との事だった。
意外にもかなりの苦労人であった…。
そして竜童先生はというと
締め切りも無事に乗り切ったので「二週間ばかりは霊能業をやる」という期間に入ったのだそうだ。
やっと実践訓練に入れる。
そうホッとしつつ依頼に赴く車の中で
楓は茉莉の事を相談してみた。
「当人を見てみない事には判らんが、放っておいて良いんじゃないのか?
当人がカルマを積んだとしても、それは当人の魂がそうした経験を必要としているかも知れないだろう?」
との事だった。
「カルマを積む経験を魂が必要としているのですか?」
楓には納得がいかない。
「そうだ。肉体は遺伝子が元になって形作られてるだろう?
魂は肉体とは違うが非常に細かい不可視の粒子が無数に纏まって出来ている半物質だ。
なので魂にも肉体にとっての遺伝子に該当するようなものがある。
そうした『魂の遺伝子』は度々進化させ続けていないと『存続し続ける』事自体が難しくなるんだ。
ネット端末をインターネットに接続してネット空間に存続し続けるのにもハードウェアの買い替えやソフトウェアのアップデートが必要になるだろう?
それと同じことが『此の世に存続し続ける』ために必要になる。
単に人間として生きるというだけで人間には『存続力の更新、最適化』の義務が降りかかっている訳だ。
だから人が背負える範囲でカルマを積み、ある程度溜まったらそれを清算する、という事を繰り返すのは『此の世に存続し続ける』事が無意識の目的に含まれている。
なので自分や他人を変に甘やかしたりすると、そうした『存続力の更新、最適化』の為に起こっている事態が阻害されてしまう。
『存続力の更新、最適化』が行われずに、人間が自分を甘やかし続けると、その魂がどうなるか判るか?」
竜童が訊く
「「どうなるんでしょう?」」
楓だけでなく
正志も聞き耳を立てている。
正志が苦労させられながらも竜童から離れられないのは
竜童が正志を「(便利だから)逃さない」という事だけでなく
竜童には「正志が望む霊的知識を供給してやれる」だけのものがあるからなのだ。
「簡単に言えば『亜地獄に堕ちる』。
カルマの清算が長く滞っていて、まとめて一気に清算が起こる場合は『自我と癒着したエーテル体』は『死と再生』を体験することになるのだが…」
竜童は楓と正志を見遣り言葉を続ける。
「無駄に思考体力が絶倫でウダウダと自己憐憫に浸ると『生から死へ、死から再生へと向かうサイクルが途中で流れを塞き止められる』ことになって『亜地獄に堕ちる』と言うべきか。
一種の『眺望固定病』だな」
(んー。よく判らない)
と楓は思った。
しかし竜童は話を続ける。
「意識というものはしばしば時間の経過を無視して何度も何度も同じシチュエーションを脳内喚起して自己投影を繰り返し、そのシチュエーション内で生じた情動を何度も何度も再生産し続ける事がある。
精神異常者の情緒不安定もそういった類の『投影反復』が脳のバックグラウンドで起こっている事に起因する場合がある。
パソコンやスマホ等のネット端末がウィルスにやられて遠隔操作されたり、誤作動が引き起こされたりという事件は度々起こってるだろう?
それと同じ事は『各個体の潜在意識』にも起こるんだ。
それによって人間達に辛い体験や悔しかった体験を度々脳内喚起させる『投影反復』が引き起こされる事もある。
いわゆるフラッシュバックだな。
そうした『眺望固定』が亜地獄が生み出されて人の意識がそこに囚われる原因の一つだ。
インターネットの場合はネット端末の買い替えやウィルス対策ソフトの稼働やソフトウェアのアップデートで不具合を解消できる。
一方で人間の意識でそうした不具合が起きた場合は、当人が早目に自覚して適切な自己改善を行う必要がある。
だが早目の問題解消が出来ずに、背負える許容量を超えたカルマを積んでしまえば『大掛かりなカルマの清算』を行うなりして結局は『大掛かりな存続力の更新』を自らに引き起こさなければならなくなる」
(要するに小まめな更新や最適化を怠ると余計に大掛かりな更新や最適化が後から纏めて必要になる、という事か?)
更に竜童は言う。
「脳の活動パターンというソフトウェア的な部分でウィルス感染している者に関わると他の者達まで感染するから、基本的に他人はそれに関わる事は出来ない。
なので『カルマの清算』に入った者達には有りと凡ゆる不運が降りかかる。
周りは手助けしてやりたくてもタイミングが合わなかったり、様々な誤解が絡む。
他人との深い関わりや手助けが霊的な作用によって絶たれているからだ。
それを多くの人間は『可哀想』だのと思うが、『カルマの清算』は終えてしまえば何の事はない。
死後にちゃんと正気に戻れれば、それまで当人の中に無かった知識や概念が沢山身についている事に気付くし、何の問題もない。
『カルマの清算』は人の魂が『本物の地獄』に堕ちない為に必要なものなので、それを憐れむべきじゃないんだよ。
『死者を憐れむよりは労われ』。
それが解ってないと、霊能者は致命的な間違いを犯すことになる。
ちゃんと覚えとけよ?」
途中から竜童は楓の少し後方を見ながら何かに言い聞かせるように語っていた。
何故か楓は背筋がゾワゾワするような感覚を覚えていた…。
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