殺人現場にビビってて霊能者が勤まるか

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殺人現場にビビってて霊能者が勤まるか

そんな風に「存続力の更新に関する話」を聞き、疑問に思った事を質問しつつ真面目に会話していると、気がつくと目的地に着いていた。 「今回の仕事はーーというか、大抵いつもそうなんだがーー殺人現場の祓いだ」 と、竜童が何気なく言った。 「…スミマセン、よくワカリマセン」 と、楓は言って思わず回れ右をしようとした。 「逃げるな!おい、正志!こいつを捕まえとけ!」 竜童が怒鳴ると素早く正志が動いた。 またもや楓は体育の成績が万年「2」だった事実を無視するかのような素早さと怪力で暴れる。 ーーが、 「喝!!!」 と竜童が一喝すると楓は身体が動かなくなった。 (???あれぇ?) 「アホが。殺人現場にビビってて霊能者が勤まるか!早目に慣れろ!」 と、竜童は言い捨ててとっとと建物の中に入って行こうとした。 「あの〜。コレ、どうします?」 と、正志が楓を指差して尋ねる。 「ああ。そうか…足だけでも動くように金縛りを緩めてやるか…」 と、竜童が言って手で印形を結ぶような動作をすると何故か足だけは動くようになった。 楓は足が動くようになった事で再び逃亡を図ろうかとしたが… 何故か足は竜童の後を追うようにしか動かなかった。 (…コレって私の運動神経がハッキングされてるって事なんじゃ…) と、思ってゾッとした。 それと同時に(竜童先生って実は凄い人なんじゃね?)とも思った。 結局、犯罪者さながらに正志に引っ立てられて殺人現場に赴いた楓であった…。 楓には『怖いもの見たさ』などといった性質は元来ない。 なので肝試しもお化け屋敷も敢えて行こうとは思わないし、ジェットコースターなどの絶叫系マシーンに乗りたいとも思わない。 『井の中の蛙』のように怖いものや怖い状況に遭遇しなくて良いように自分の生活範囲や行動範囲を狭く限定して生きてきた。 なので当然『殺人現場』に足を踏み入れるのは初体験である。 足だけは動くものの 手も動かせず 声も出ない。 当の現場に着くまでの間に歩きながら一度だけ竜童が振り返り 「お前の場合は先ず慣れる事からだ」 と言った。 (うん。慣れたいよ?でも自分でもどうしようもない震えとか、絶叫したくなる忌避感とか、あるでしょう?あるよね?) と、楓は心の中で反論した。 そして当の現場に着くと金縛りに遭っているにもかかわらずブルブルガタガタと身体が勝手に震え出した。 「おい、蘇芳楓」 竜童が初めて楓の名前を呼んだ。 いつも「お前」とか「女子高生」と呼んでたので「実は名前を覚えてないんじゃないのか?」という疑惑があったのだが、どうやらそうではなかった。 「お前、以前に『自分に憑いてる憑き物の正体を知りたい』って言ったよな?それを教えてやる前に、お前はなんでそんなに震えてるか自分で理由が分かるか?」 竜童が訊くので 楓は答えようとしたが声が出ないし首を振りたくても身体が動かない。 ただブルブルガタガタ震え続けるだけだ。 「人ってのは不思議なもんで『死に際の念』みたいなものをEメールみたいに飛ばしてるもんなんだよ。 それを飛ばされた側がいつ『メールボックスを開いてメールを開く』かも判らないのに、それでも長年心残りがあった相手にはそれを向けずにはいられないんだ。 それは激しい復讐心かも知れないし、本当は和解したかったっていう執着かも知れない。 メールを開いて見なければ判らないし、開いて見たとしても判らないかも知れない。 『死に際の念』なんて『その時の真実』でしかないから、それを飛ばした側も後で意識が変わってるかも知れない。 それでもその念が自分だけに向けられたものだった場合は、それを見なきゃしかたがないんだ。そうだろう?婆さん」 竜童が「婆さん」と楓に向かって声を掛けた途端に益々楓の身体の震えが激しくなった。 楓は頭のなかが真っ白になった。 ーー不意に 知らない町の景色が目の前に広がった。 知らない子供が歩いている。 その後をつけるように離れた位置からその子供を見ている。 子供が駄菓子屋に入ってラムネを買って、その場で飲んだ。 子供が行ってしまった後で同じようにラムネを買って飲んだ。 場面転換して、今度は玩具屋(オモチャヤ)にいる。 そして玩具(オモチャ)を選んでいる。 (あの子はこれで遊んでくれるかな?) といった言葉が自分の中で浮かぶ。 そしてまた子供が歩いている姿を少し離れて後を尾けながら眺める。 子供は段々と大きくなっていく。 (夜遊びをし出したみたいだから、ポケットベルを持たせるように施設の人に言っとかないと…) といった言葉がまたも勝手に自分の中に浮かんだ。 次は子供が沢山いる施設らしき場所いた。 (出て行く時に置いたままだった荷物があるから引き取って欲しいって言われて受け取りに来たけど、コレは実家にあった電話機だ。…なんであの子こんなもの後生大事にしてたの?) 電話機に小さな付箋が貼られていて上からセロテープで留められている。 付箋に書かれた文字を見ると 『縁子 《ゆかりこ》××××-××-××××』 と電話番号が書かれていた。 何故だろう 楓は涙が溢れてきた。 ああ、これは私じゃない 別の誰かの悲しみなんだ… と判ってしまった。 そして今度は、電話線にも繋いでない古い電話機が鳴ったような幻聴が起こった。 そしてーー 血塗れの眼球の無い顔。 血塗れの内臓が無い胴体。 それが目の前に立った。 口が動き出して何か言っているようだった…。 ーー聞きたくない! ーー聞きたくない! ーー聞きたくない! どうせ恨んでるんだ! どうせ憎んでるんだ! どうせ嫌われてるんだ! 嫌だ! キキタクナイ!!!!!! イヤだぁぁぁぁぁ!!!!!!! 激しい拒絶感が起こった。 気がつくと楓は竜童の金縛りを破って絶叫していた。 自分の叫び声で聴覚は一杯に満たされてる筈なのに、何故か静かに語る竜童の声がはっきりと聞こえてきた。 「蘇芳、お前は何故自分に『他人の記憶』が見えるか判るか? 頼られてるからなんだぞ。 怖くて怖くて事実を確かめる勇気が無いまま死んだヤツが『自分の代わりに事実を見て、それを伝えて欲しい』と頼ってるんだ。 それなのにお前を頼って震えてる奴と一緒にお前まで震えてたら話にならんだろうが。 いい加減根性見せろ!バカ弟子が!」 竜童はそういって パアーンと響くように手を叩き そのまま両手を合わせたまま お経を唱え出した…。 楓は徐々に身体の震えが治まっていくのを感じた。 「ついでに金縛りも解いておいてやる」 お経を唱え終わった竜童が再び印形を結ぶ手の動きを幾通りか行った。 フッと何かが取り除かれた感覚が起こったので 「あー、あー、テスト、テスト」 と楓は咄嗟に声が出る事を確認した。 「まだ怖いか?」 と竜童から訊かれて (アレ?そう言えばあんまり怖くなくなってる…) と気付いた。 「なんでしょう?あまり怖くなくなってます」 そう答えると 「それが道理だ。普段から憑き物に憑かれてるお前自身が他の憑き物を今更怖がるとしたら変だろうが。 『怖いものが耐えられないという性質』自体がお前の祖母さんの性質なんだから。 お前が霊能の仕事をする時には祖母さんが出しゃばれないように牽制しておいてやらなきゃならない」 と竜童が言う。 「…私に憑いてるのってお祖母ちゃんの霊だったんですね」 「厳密には『霊』とは違うが。 まぁ、その認識でも間違ってはいないな」 竜童は頷いた。 ーー楓は祖母の事を少し思い出した。 槍馬(そうま)伯父さんの家に家族で遊びに行った時には既に精神的におかしかった。 ちょっとだけ挨拶しただけで直ぐに訳の分からない事を喋り出して、伯父さん夫婦を困らせていた。 (お祖母ちゃんの名前って考えてみれば皮肉だな…。縁子(ゆかりこ)。「(はじめ)から(おわり)まで(えにし)に恵まれるように」という意味の名前だったのに…) 「…申し訳ありませんでした。 やっと仕事が出来そうな精神状態になったみたいです。 それで何をすれば良いでしょうか?」 と楓が気を取り直して訊くと 「取り敢えず見てろ。見て覚えろ。 見て盗め。『観たい』『知りたい』と強く念じながら見てろ」 との事だった。 なので楓は言われた通りに「観たい」「知りたい」と心の中で呟きながら竜童を見る事にした。 そうすると不思議な事に先ほどまでは見えなかった小さな光の粒が沢山辺りに浮かんでいるのが見えた。 ジッと見ていると段々と天体望遠鏡で星々を見ているかのような錯覚に囚われ出した。 自分が宇宙空間に浮かんでいるような錯覚。 キーンと耳鳴りがする。 金縛りに掛けられてた時のように何かがモワッと自分に降りかかったのが判った。 それと同時に重低音の不協和音のような音も聞こえ出した。 耳鳴りが大きくなったり小さくなったりしながら ピリピリとする電気的な感覚が強まってくる。 不意に何かがピタリと合致したかのように視界に映像が浮かび出した。 蟻の行列。 散らかった部屋。 食べ物が腐ったような異臭。 重苦しい気分。 絶望的で苛々する。 時折楽しい気分が訪れてもそれは嘘っぱちのもの。 世界を全部丸ごと滅ぼしてしまいたいような憎悪。 劣等感と惨めさ。 これ以上何も奪われたくない!という激しい所有欲。 刃物の質感と鉄錆のような匂い…。 (俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない) そんな言葉が浮かんで来た。 歪んだ想念。 それは本当の気持ちじゃない。 本当の気持ちはもっと不安がっている。 自分のこれから先の事を考えて 自分の事だけを考えて 不安がっている。 気持ち悪い… ーーと思ったら 別の声が聞こえてきた。 「自己判断の悪いとか悪くないとかは関係ない。 人は一人で生きてる訳じゃない限りルールを守って生きなきゃ仕方がない。 人間社会のルールを守りたくないなら人間社会に依存せず人間社会から遠ざかって、獣や虫になって無人島で暮らせ」 竜童はそう告げて 青紫色のオーラを纏った手刀で、光の粒の纏まりに向かい九字を切った。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前(りん・ぴょう・とう・しゃ・かい・じん・れつ・ざい・ぜん)」 九字が触れた所から光の粒が光を失い出した。 そして光の粒だったものは砂嵐のように精彩を欠いたまま舞い、徐々に霧散していった…。 (何故だろう。吸血鬼が朝日を浴びると灰になる、という話を思い出した…) 楓が竜童を見遣ると、竜童は耳を澄ませている様子だった。 「先生、今のは一体…」 楓が話しかけると 「待て。今はまだこの事件の話はしない方が良い。残留思念に魂の粒子が憑いてたから生霊も近くに居る。変に相手の関心を引くと付いてこられるぞ」 竜童がピシャリと言った。 楓には『いつまで話をしない方が良いのか』の判別がつかなかったので そのまま黙り込んで竜童家に着くまで口を利かなかった…。
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