社会人

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社会人

190bda87-c5af-4893-b327-90c1ac4ec848「…竜童先生。…なんでもう女子高生じゃないのに未だにセーラー服着なきゃなんないんでしょうか?訳が解りません」 楓は竜童に素朴な疑問を呈した。 「「?」」 竜童と正志が(はて?)といった様子で楓を見遣った。 「ここの弟子の正式なユニフォームだ。正志も来てるだろうが?何も不思議じゃないぞ?」 と竜童はヌケヌケと言う。 「正志さんの場合は趣味で着てるんでしょうが、私は卒業して(なお)女子高生のフリをするのは、或る種の性的なプレイを連想してしまうので実は苦痛なんです。変態性癖はありませんので」 と楓もヌケヌケと言った。 「失敬な!」 と正志が怒る。 「誰が趣味で着てるって? 誰が変態だって? 先生、この子は本当に兄弟子を敬う心が足りていません。 折檻してやってください」 正志が竜童に詰め寄る。 「全くお前達は…。この際だからハッキリ言うが、俺は生身の女子には発情出来ない人間だ。 別に性的なプレイの意味合いはないから安心しろ」 竜童が胸を張って宣言する。 「「ええええ????」」 と楓と正志は竜童に疑問視を向けた。 「あんなにセーラー服に固執してて」 「あんなに女子高生女子高生って騒いでて」 「「生身の女子に発情出来ない??」」 「「嘘だぁ〜!!」」 と楓と正志はハモって竜童にツッコんだ。 「…何だろなぁ、こいつら。 霊能者見習いのくせに『因果』という言葉を知らんのか? 『親の因果が子に報う』というだろが。 俺のセーラー服来た女子高生への固執は親の因果の所為だ。 俺自身の元々の嗜好では断じてない!筈だ…」 竜童がそう言うと 正志が 「ないないないない」 とすかさず横槍を入れた。 楓も疑わしいジト目で竜童を見遣った。 「うん。お前らそういうヤツらだもんな。でも事実だもん」 と竜童は机の引き出しを開けて何かを探し出した。 ゴソゴソと中身を出しては何かを探している。 「うーん。無いぞ。…おかしいな。机の引き出しの中にブラックホールでも出来たか?」 「先生何かお探しですか?」 「ああ、写真がな…」 竜童が写真を探していると聞いて 楓はすぐにピンと来た。 「セーラー服の女子学生の写った古い写真ですか?」 と訊くと 「ああ。多分、それだ。何処にある?」 「資料に挟んでありましたよ。 先日を資料用の本棚を整理してたら『女学生の制服名鑑』から古い写真が落ちて来たのでビックリしました」 楓が答えると 「あ、そうだったな。 何処の学校の制服か調べてる最中に急な仕事が入って、そのまま本にはさんだままにしてたんだ」 と竜童が思い出したように言った。 そして竜童が資料用の本棚から『女学生の制服名鑑』を取り出してきた。 「あった、あった」 と、ほくそ笑む姿が如何にも変質者っぽい。 そして写真を楓と正志に見せながら 「ホラ。時雨(しぐれ)さんだ」 と言った。 「「はぁ」」 と楓と正志は気の抜けた返事をした。 竜童の様子に対してリアクションに困った二人なのであった。 「親父はこの女性(ひと)に対して『子供の頃によくしてもらったから感謝してる』と終生言い続けていた。 本当は初恋の相手だったのにそれを自覚してなくて『異性に対する好意』を『感謝』にすり替えて自分自身を一生騙し通したんだ。 そのツケが俺の中の『混沌(ケイオス)』になってる訳だ」 と竜童は説明した。 「余りにも人間が理詰めになって合理性を追求し過ぎると、その反作用か何かのように『混沌』が何処かに生み出されるという事なんだろうなぁ。 そうやって生み出された因果が、それを生み出したのとは違う人間に背負わされる事もある」 竜童は自分の説明に自分でウンウンと頷いて納得している。 「竜童先生は『自分の本心を偽り続けた父親の代わりにセーラー服の女子高生に執着している』と、そう言いたいのですね?」 と楓は竜童の言わんとする事は理解できた。 だが正志は 「ありえない、ありえない」 と言い続けている。 竜童は正志を憐れむように見ながら 「だいたい俺は二次元のエロ絵でしか勃たん!」 と断言した。 「先生。それ、セクハラ発言です」 と楓がツッコミを入れた。 「ともかくこの職場のユニフォームはセーラー服だ。お前らは不満に思うのを止めて色々と諦めろ」 と言い渡し 食べ終わった昼食の食器類を流しへと片付けて竜童は仕事に戻っていった。 「それにしても『二次元にしか発情しない』って本当なんでしょうか?」 と楓は正志に訊いた。 「夜間は僕も自宅に戻るんで、その後の夜の先生の生活はどうなってるのか不明です…」 と正志も知らない様子だった。 「先生の話は『親が本来の性癖を封印し続けると、それが子供に移って子供の中で暴発する』という理論だと思ったんですけど、正志さん、先生のお父さんがどんな方か御存知ですか?」 と何気なく楓が尋ねると 正志は信じられないものでも見るかのような眼で楓を見た。 「…すごい。自分の所属にここまで無関心な人、初めて見た」 と正志が呆れたように言った。 「うーん。普通は職場の上司の家族まで把握するもんなんですか?私は社会人一年目なんでよく判らないんですけど…」 と楓が言うと 「いや。そういう事じゃなくて、蘇芳さんは先生が日向流霊能術の霊能者だって知ってる訳だよね? 僕らはその弟子だって事も」 「そりゃまあ一応は」 「それならネットで日向照について調べたりもするんじゃないかな?普通は」 「…そういえばそうかも知れませんね。思いつきませんでした…」 「調べればちゃんと出てくるんだけどね。日向照の実子がイラストレーターの竜童零だって…」 「………」 (なるほど。正志さんが「ありえないありえない」と『親の因果が子に報う』論を否定する訳だ…) 「でも名字が違いますよね?日向さんと竜童さんじゃ」 「此処って先生の母方の実家だから」 「それじゃ先生の本名って…」 「日向雨(ひゅうがあめ)さんと言いますね」 「…時雨(しぐれ)さんと関連のありそうな名前ですね」 「それなんだけど。 先生の言う『日向照は実はセーラー服好きの変態だった』論は信じ難いけど、時雨と雨って名前には関連が有るよね? 初恋の相手云々の(くだり)は案外事実なのかも知れない…」 まあ、色々と信じられない話ではある。 そもそも日向照と竜童零はあまりにも似ていない。 日向照はメディア露出にも耐えるそれなりに整った顔立ちをしていた。 一方で竜童零ーー いや日向雨は… 「似てない親子ですよね。母親似なんでしょうか?」 楓は思わず訊いた。 すると正志は 「先生の容貌に関しては謎があるんだよ。 何でも乳幼児期はそれはもう愛くるしい天使のような整った顔立ちの子供だったとか。 それが雨君が三つの時に、日向先生の実家へと家族旅行した途端、意識不明になる高熱を出した。 その後も急に体質が虚弱になり何度も大病を患って死にかけたらしいんだ。 しかも何度も実際に心停止している。 それを日向先生は『お告げを受けて設けた特別な子だからこんな所で死ぬ筈がない』と言い張って秘術を用いて、その度に呼び戻したとか言われてる。 そうして『心停止して、甦る』という事を経るたび毎に、雨君の面相は変化してゆき、それを何度か繰り返してああなった、と…」 怪談を話してくれた。 「スミマセン。なんかゾクゾクしてきました。 その話だと竜童先生は色んなモノに取り憑かれてそうに思えるんですけど…」 春なのに急に寒気に襲われて歯の根が合わなくなった二人であった…。 ************** ユニフォームがセーラー服という職場。 こんな職場にアポ無しで客が来た場合 マトモな服に着替える暇などない。 そんな訳で 玄関先で 立ち尽くす客と 女装した正志。 凍りついたその場面に ノコノコ顔を出した竜童と楓。 客のーー 若い女性の頬がヒクヒクと痙攣する。 「いや〜。スミマセンね〜。 こちらも今やっと原稿上げたばっかりなんでクタクタなんですよ。 なので霊能業の方は明日からの営業になります」 と竜童はシレッと客に告げる。 要するに「今日の所は帰れ」という意味の暗喩的言い回しである。 しかし客はめげない。 「いいえ、何が何でも今日のうちにでも解決して欲しいんです」 と主張する。 目が本気である。 一体何があったのか…。 この女性。 この春短大を卒業して就職した。 地元を離れて就職したので当然賃貸住宅に一人暮らし。 ワクワクドキドキで新生活をスタートさせたのだが… せっかく入居したアパートは どうやら事故物件らしく 怪奇現象が発生していた。 怖いからと昨日の夜はビジネスホテルに泊まったのだそうだ。 勝手にトイレの水が流れる。 持ち物を置いた場所が朝には変わっている。 最初は気のせいだ気のせいだと思っていた。 しかし夜中に目を覚ますと 知らない男がすぐ近くで顔を覗き込んでいた。 悲鳴をあげたくても声が出ず 身体もピクリとも動かず 数秒の間、極限状態の恐怖が続いた。 死に物狂いで「ヒィ〜ッ」と掠れ声を上げて、腕を持ち上げた。 その時ーー 戸外からガシャンと 自転車か何かが倒れるような音が聞こえた。 音に気を取られた一瞬で 目の前にいた男が消え失せていた…。 そんな事があって すぐにでも引っ越したいところだが 越して来たばかりでお金がない。 なので「除霊を」と思い立ったのだそうだ。 「とにかく今日のうちに、今すぐにでもお願いします!」 女性は必死に言い募った。 「そういう事なら急いだ方が良さそうですね。 それでは今から向かうとしましょうか。 …お前達も外に出られる格好に着がえろ」 と竜童は楓と正志に指示を出した。 (…そういう言い方ってズルい気がする。まるで私達が自分の趣味でこんな格好してるって誤解を招きそうな言い方じゃない?) と楓は少し不満に思った。 楓と正志は通勤時に着て来た普通の社会人の服装に着替えて、様々な除菌グッズと聖水を用意した。 移動は正志さんが車を出して 女性に道を訊きながら現場へ向かった。 さて 現場に着いてみると。 「別に事故物件って事ではないな。 誰か死んだって訳でもない。 ここに以前住んでた女の残留思念が残ってるだけだな。 男と一緒にこの部屋で暮らしてた時の事を男と別れて別の部屋に引っ越した後も偶に思い出しているみたいだ。 偶にこっちに生霊が飛んできて今の住人の視界に影響を与えてるって感じだな」 という結果だった。 「人が『過去を思い出す』だけで生霊が飛んでたりするんですか?」 と楓が驚いて訊くと 「生々しく臨場感を感じて思い出すと意図せずに『繋がってしまう』という感じかな? 向こうは意識して飛ばしてる訳じゃない。 この部屋の持つ『場の雰囲気』を前の住人が住んでた時とは一変させてやれば良い」 のだそうだ。 なので家具の配置を変える。 水周りの徹底洗浄と徹底除菌。 燻蒸型の除菌剤で部屋の隅々まで除菌。 ついでに女性の枕に付着していた脳波パターンには竜童が直々に調伏をかけた。 「どうだ?これでもまだ此処に住むのが怖いか?」 と竜童が訊くと 女性は顔色は良くなってるものの よほど不安が強かったらしい。 「分かりません。嫌な感じは薄らいだ気がしますが…」 と、まだ安心できてはいない様子だ。 「そうですね。夜中に目を開けて目の前に知らない人がいたらショックですもんね…」 と楓が女性に声をかけて 何気ない風を装って彼女の背中に触れて、彼女の中のチクチクピリピリしたものを引き受けて調伏した。 「だけど、せっかくこうして来ていただいたんですから、ちゃんと祓えてると信じて、今夜は此処で寝てみます」 女性がそう決意したので これで依頼は達成。 楓達は料金を受け取って竜童家へと戻ったのだった。 帰りの車の中で 「それにしても前の住人の思い出とかが影響出るもんなんですね〜」 と楓が呑気に言うと 「お前、信じたのか?…というか、お前はあの現場で残留思念を読まなかったのか…」 と竜童が呆れた。 「スミマセン。読む前に先生が断言しちゃってたから…」 「あれは客を安心させる為に言ったことだ。あの部屋に以前住んでいた女性は部屋に侵入されて性的暴行を受けている。 それがトラウマになっていて、今でもフラッシュバックが起きて無自覚にあの部屋に生霊を飛ばしてしまっているようだ。 犯人の男の方もおそらく未だ逮捕されてなくて味をしめているのだろう。 図に乗っている人間特有の残留思念が残っていた。 だから鍵を付け替えるようにアドバイスしてやっただろうが」 と竜童が言う。 「しかし先生。鍵屋が侵入して女性をレイプして回ってる可能性とかはありませんか?」 と正志が訊く。 「ああ、その発想は無かったな。鍵の専門家というのは日々誘惑が降りかかるだろうからな…」 と竜童が正志に頷いた。 「それなら信用できる鍵屋を紹介してあげてください…」 と楓が言った。 その後、苦情が来たなどという事は無いので「女性は無事に暮らしているのだろう」と勝手に信じることにした楓であった…。
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