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微かに覚えている古い記憶────……
母親に読んでもらったマッチを売る少女の絵本。読んでもらったあとは、嫌悪感だけが残った絵本だった。救いのない話。
そのあとは二度と読んでもらわなかった。けれど大人になってから読むと、救いはあった。誰にでも平等に訪れる「死」──残酷なほどの冷徹さを持ったその現象が少女を救った。
冷たい父親。居るのか居ないのかもよく判らない母親。一瞥さえくれない街の知らない人々。分厚い煉瓦の向こうに居る、哀しみを知らない子どもたち。
少女が大人だったら。大人だったら、マッチが売れなくても何とか出来たかも。マッチを買ってもらえない現実を受け入れ、天に昇って行った少女。
冷たい人に囲まれ。冷たいモノに囲まれ。生きていても、辛いだけ。
だったら夢の中で大好きな人と会って死ねるなんて、確かに救いだったのかもしれない。
人間、致死率100パーセント。
純粋なまま幸せに包まれて最後を迎えるなんて、ある意味幸せなのだろうか──
* * *
「お前、本当に勝手な女だよな」
私に浴びせられるのはこんな言葉。
「あんたって最低! 人の彼氏に色目使うなんて!」
それは男だったり女だったり。付き合っていた男だったり、学生の時はクラスメイトの女だったり。別に誰かの男だから気になるわけじゃない。略奪してまで欲しい男なんて居ない。
その時、暇だったから。
そんな時に言い寄られたから、丁度良かっただけ。時間があって興味を持てば誰だろうと寝る。初めて寝た男もどんな男だったか忘れた。
我慢してどうするの。我慢して何になるの。我慢したらいいことあるの? 最初は我慢なんかしなくていい、そんな私がいいと言って近付いて来るくせに。
最後には罵り、罵倒、平手打ち……そんな辺り。慣れたものね。勝手なのはどっちよ。私を変えたかったの? 私は変わらないわよ。
人間、みんな死ぬ。それがいつ来るかなんて判らない。だったら我慢なんかしたくない。そんな必要性、感じてない。
私はこのままでいい。
子どものころから、何とも云えない息詰まりを感じていた。何かを注意されるたび、纏わりつくように溜まるドロドロと沈殿されるもの。
私は──……私は。
私が目指したもの──私が目指した場所。
誰にも邪魔されない、干渉されない場所……どこかの頂き。どこかの頂点。
他人は勝手に私に価値観を押し付ける。耳触りのいい言葉を羅列して、いかにもそれが唯ひとつの道であるかのように。
自分が立っている場所が善……私が立っている場所が、悪。そんな偽善、吐き気がする。私がルールになる。そうすれば、そうなれば私は変わらなくていい。
どこの頂点? どこでもいい。
イチから作るのは大変だろうけど、目的があれば、偽るのもそんなに苦痛じゃない。苦痛を苦痛として感じなくなるぐらいの時間の中で気付いたのは、イチからじゃなくてもいいということ。
どこかの頂きを、掠め取ればいい。何も律儀に正当法を選択しなくてもいい。女の武器を使えば、あっという間に頂きの近くまで行くことが出来る。その簡単さを知った。
武器を使うのに躊躇いはない。まずは近付きやすい男から……
それから高みに昇って行く。
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