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『仁美? 本当に、仁美なのか? どうしたんだよ、どこにいるんだよ?』
僕はその文面で送信した。
仁美は大学時代の恋人だった。同じ学科で意気投合して、学生時代はずっと一緒にいて。
だから、このガラケーの中にデータが一つもないこと、アドレスに名前が登録されていないこと……そして何より、今まで僕の中から彼女の記憶がすっぽりと抜け落ちていたことは、考えられないことだったのだ。
すると、ガラケーはメール受信画面に切り替わって。僕の出した文面とはちぐはぐな答えが返って来た。
『一緒に行った卒業旅行! 楽しかったよね。ちょっと寒かったけど、夕陽を映した海が綺麗で。私、さーくんが送ってきてくれた写真、今でも大切にしてるんだ』
そのメールには写真が添付されていて。それを開いた途端、僕の目からは涙が溢れ出た。
「仁美……」
海辺で夕陽に照らされて微笑む彼女は、確かに仁美……僕の決して忘れてはいけない女性だった。
でも、本当に……どうして忘れていたんだろう?
すると、ガラケーは続けて受信画面に切り替わった。
『それに! さーくんがあの時……身を呈して落石から私を守ってくれた時。私、嬉しくて、すっごく嬉しくて。さーくんのこと、世界一カッコいいって思ったんだ』
落石……その言葉が、より強い偏頭痛と共に僕にあの出来事を思い出させた。
僕達は大学を卒業する春……美しい海へ卒業旅行に行った。
それはとっても楽しくて、僕の人生の中で一番に美しい思い出で。
だけれども、その帰り道。僕達の乗ったバスは、崖から転がり落ちてきた落石に襲われた。
僕は咄嗟に、身を呈して仁美を守った。
でも、それなのに……。
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