第三章 嘘つきの本音

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「淀川さんの出身地?」  教室でクラスメイトと弁当を食べていた室長・石垣くんを廊下へと呼び出し、僕は早速要件を切り出したのだが。 「なんでそんなこと訊くの」  と、おもいきり怪訝な顔を向けられた。 「あ、えーっと……」  当たり前である。去年のクラスが違う石垣くんとはほとんど初対面と言っていい間柄だし、そもそも淀川さんの出身地をまったくの他人である彼に尋ねること自体ひどく怪しげな行為だ。彼の表情はまさにそれを物語っていて、僕は二の句を告げずにいた。 「そんなの、本人に直接訊けばいいじゃないか」 「うん、そう。だよね。それはわかってるんだけど、ちょっと事情があるというか……」 「へぇ……やっぱり君と淀川さんってワケありなんだ?」 「え?」  思いがけない一言が飛び出し、僕は目を丸くした。 「やっぱりって……それ、どういう……?」 「いや、実は昨日淀川さんからも君のことを尋ねられたんだよ」 「えっ!」  心臓が飛び跳ね、大きくした目をさらに見開いた。 「うそ、何て? あの子に何て訊かれたの!?」 「何って……『小坂くんってどんな子?』とか、『誰と仲がいいの?』とか、そんな感じだったけど……?」  信じられなかった。僕らだけなく、向こうもこちらのことを探っているというのか。だとすると、やはりあの夢に出てくる少女は淀川さんであると断定していいか……? 「その時は君が始業式の日に教室で倒れたことが気になったのかなって思ってたんだけどさ。『あの子、病気なの?』とも訊かれたし」  へぇ、と半ば上の空で生返事をすると、石垣くんは「なぁ小坂」と続けてくる。 「君って本当に重い病気を抱えてるとかじゃないよな?」 「へ? ……あぁ、うん。大丈夫。昔から頭痛持ちで、たまにすごくひどくなる時があるだけだから」 「そっか。まぁ、あんまり無理するなよな」  優しく言葉をかけてもらい、僕は素直に「ありがとう」と答えた。 「で、何の話だっけ……あーそうだ、淀川さんの出身地だ。東京の……なんて言ったかな? 米村先生が通ってた大学のすぐ近くだったとか、都心からは少し外れてるけど不便はなくて住みやすい街だとか、そんな話は思い出せるんだけど……」 「ねぇ、ひょっとしてさ……武蔵野って、言ってなかった?」 「そう! 武蔵野だ! なんだよ、知ってて訊いてきたのか、君は」  つながった――。  出身地が同じで、夢に出てくる少女と瓜二つ。ここまで条件が揃うと、彼女があの夢の女の子だという可能性が俄然高まってくる。  仮に、夢に出てくる少女=淀川鈴子さんだとすると、必然的に淀川さんは嘘をついているということになる。  彼女は最初から僕のことを知っていた。なのに僕とは初対面のフリをしている。なぜ?  理由はきっとこうだ。彼女がこの学校に転校してきたのはお父さんの転勤によるものらしいので偶然だったのかもしれないけれど、彼女は昔、僕と同じ東京・武蔵野の小学校に通っていて、僕の記憶喪失の原因とも何らかの関係がある。そしてその原因というのに何か後ろめたい事実が含まれていて、僕が記憶喪失になっているのをいいことに、彼女は僕の存在そのものについて知らないフリを決め込んでいる。僕と彼女との過去の交わりの中には、彼女が目を背けたくなるような何かがあったのだ。やはりあの夢の中で僕が彼女に〝やめて〟と言わせてしまったのは、僕が彼女に向けた何らかの行為が原因だと考えるのが自然なのでは……? 「小坂?」  頭の中でぐるぐると渦巻く思考を割って、石垣くんは眉を寄せながら僕を覗き込んできた。 「大丈夫?」 「あ、うん……平気」 「ねぇ、君と淀川さんってもしかして幼馴染みか何か?」 「あー……いや、どうだろう。そうかもしれないし、違うかもしれないっていうか……」 「は? 何だよその中途半端な返事。お互いこそこそ探り合ったりしてさ……変だよ、君たち」  だよね、と僕は苦笑いするしかなかった。実際、端から見れば僕と淀川さんの行動は明らかに妙でしかないのだ。互いに互いのことを嗅ぎ回っているなんて。  石垣くんは小さく息をつく。 「まぁ事情はよくわからんけどさ、訊きたいことや言いたいことがあるなら直接本人と話したほうがいいと思うよ」  人が人を諭すときに作る真剣な顔をして、石垣くんは言った。 「心で思っているだけじゃ、お互いの気持ちが伝わることなんてないんだからさ」  もっともな意見だった。けれど僕には、まともにうなずくことすらできなかった。
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