第六章 ただ君を守りたかった

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 和音ちゃんが恐ろしいものを見たような顔をして、両手で口を覆った。 「ねぇ、通り魔って何…………ちょっと待って、本当に意味わかんない」  どういうこと、と和音ちゃんはひどく混乱した様子で声を震わせた。後藤くんの話を聞いてあたしも動揺していたけれど、やっぱり別の誰かが取り乱している姿を見ると、自分だけは冷静でいなくちゃという気になってしまう。 「後藤くん」  和音ちゃんを椅子に座らせながら、あたしはじっと考え込んでいる後藤くんに目を向ける。彼もあたしのほうを見て、一つ質問を投げかけてきた。 「おまえ、犯人の顔は見てないのか」 「見てない。あやとりに夢中で、ずっと下を向いて歩いていたから」 「あやとり?」 「お母さんと昔よくやってたの。小学生の頃までは……なかなかやめられなくて」  後藤くんの顔が一瞬曇った。先週、うちが片親であることは話していたし、あたしのことはある程度調べてあるのだろう。母と死別したことをきっと知っているのだ。 「……じゃあ、おまえはこの学校の誰が自分を襲った通り魔なのかはわからねぇんだな?」 「うん、わからない」 「理紀ならわかるか? あいつが昔のことを完全に思い出したら」  あたしは正直にうなずいた。 「わかると思う。あの時理紀は、あたしと犯人の間に立っていたから。あたしは腕の傷に気を取られてほとんど視線を上げられなかったけど、理紀は突き飛ばされて頭を打つ直前、正面から相手の顔を見てる。マスクをしていても目もとの雰囲気くらいは覚えてるはず」 「そうか……理紀のヤツ、犯人に突き飛ばされて頭を打ったのか」 「うん。最初に切りつけられたのはあたしだけど、結果的に理紀のほうがひどい怪我を負うことになっちゃった」 「はぁん。なんとなく状況が見えてきたな」  納得したように何度か首を縦に振り、後藤くんは再び右手を顎の下に持ってきた。彼が考えごとをする時の癖だろうか。 「だとすると犯人は、淀川が自分のことを覚えていないとすでに知ってるわけだ。そうでなきゃ脅しをかける相手は理紀だけじゃなくおまえも含まれていないとおかしい。……もしかしたら犯人の側も、覚えているのは理紀のことだけで、淀川が当時切りつけた女の子だってことには気づいてないのかもしんねぇな」 「そうだね。あたしは二年生からの編入でそれなりに目立つ存在だし、職員室や一階の事務室にももう何度も出入りしてる。もし犯人があたしのことを覚えているのなら、理紀よりも先に手を打たれていたかもしれない」 「あぁ。たぶん犯人は理紀がこの学校に入学してきた時からずっと理紀のことを気にかけていたはずだ。いつ事件について理紀が話を振ってくるかと不安で仕方がなかった。だが理紀は一向に接触してくる気配がない。当たり前だ、あいつは事件の記憶そのものを無くしちまってたんだからな。そうとは知らず、犯人の野郎は今か今かと理紀のことを見張り続けて一年が経ち、淀川の転校を機にようやく理紀が過去の記憶を失っていたことを知る。そして理紀が無くした記憶を取り戻そうとし始めたことで、いよいよやばいと思ったんだろうな。例の脅迫状を仕込み、どうにか理紀の動きを封じようとしたが、結局理紀は淀川との接点に気づき、淀川から今日の昼休みに昔のことを話してもらう約束を取り付けちまった。同じ通り魔事件の被害者である淀川から話を聞けば、理紀が忘れていたことを思い出す可能性はぐっと高まる。そうなれば最後、理紀は確実に犯人の正体に気づくと思った。だから今日の昼休み、理紀と淀川との秘密の会合が開かれることを阻止した」 「ちょっと待って」  あたしは思わず声を上げた。 「それって、もしかして……?」  あぁ、と後藤くんはうなずいた。 「犯人は昨日オレと理紀がとある筋から通り魔事件についての詳細を聞き出したことを何らかの手段で知り、今朝一番で理紀の机に二枚目の脅迫状を仕込んだ。その直後、理紀は意を決して淀川から本当のことを話してもらうことを願い出た……この急展開に犯人は焦ったはずだ。数時間後には自分が五年前の通り魔だったことがバレてしまうかもしれない、何とかしなければ、ってな。で、今日の昼だ。理紀は別の予定が入り、淀川との会合を放課後に延期せざるを得なくなった。もしその予定の変更が犯人の意図したものだとしたらどうだ? 昼休みに理紀がひとりで職員室へ向かうよう、意図的に仕向けたヤツがいたとしたら」 「嘘でしょ」  和音ちゃんが、ガタン、と音を立てて椅子から腰を上げた。 「それって……?」  そう、と後藤くんはついに真実を告げた。 「今日の昼、理紀を職員室へ呼び出した人物……米村以外、犯人は考えられない」
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