① 与える男

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① 与える男

 名古屋からの帰り、久しぶりに街中の居酒屋、次郎に立ち寄ってみた。  名古屋の街中にある派遣会社にクレームを入れてきた。短い交渉だったが、幾分と身体は興奮した。その身を冷酒でクールダウンさせたかった。  浜松祭りの喧騒が残るような有楽街を抜けて、よく店舗の変わるビルの角を曲がると、いつもは見える赤提灯が見えない。  次郎は閉まっていた。  閉じられたシャッターの張り紙には『勝手ながら、5月7、8日とお休みさせていただきます』と書かれていた。  連休中、余程忙しかったのか。はたまた長髪の大将に何かあったのか。  ここ最近、浜松の街中に出て来ていなかった俺には、分からない。  しかし、困った事になった。  ここ次郎は比較的低料金で酒が呑めるだけでなく、俺の"事情"を知る数少ない店だ。  (…他に行くか?)  そう思ったが、行く宛は無い。  時間は午後6時前。帰宅しても良いのだが、喉はアルコールを求めている。  有楽街からモール街を歩き、適当な居酒屋を物色したが、目ぼしい店は無い。派手な看板を掲げた “イマドキ”の居酒屋には入り辛い。こういう店は若い連中の"居場所"だ。  かと言って、ランプ横丁などのバーに入る勇気は無い。こういう店はもっと年配の"居場所"だ。  さんざん迷って、遠鉄百貨店新館の裏にある『天神』という居酒屋に入る事にした。
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