公園で

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 ある晴れた火曜日、この児童公園には子供の声が(あふ)れていた。そんな中、彼らが来る前から無言でベンチに座っている男がいた。彼の隣にはビジネスバッグ。自身は小綺麗なスーツで身を包み、少し茶色がかったレンズの太ぶち眼鏡をかけている。前屈みで自分の足に両肘(りょうひじ)を立て、両手の親指で(あご)を支えるようにして顔の前で掌を合わせている。彼はこの姿勢で一点を見つめたまま、石像のように動かなかった。  公園の様子は変化に満ちていた。子供たちは常に遊具の上や間を駆け回り、楽しそうに声をあげている。そしてその顔ぶれも、時々刻々と変化する。皆一時間ほど遊ぶと家に帰っていってしまうのだ。シフトでも決まっているかのように、1人出ていくと新しい子が1人現れ、子供たちはひっきりなしに公園を出入りしていた。おかげで明るい声が絶えることは1分たりともなかった。  そんな公園の中で時間が止まってるのは一ヶ所だけだった。例のスーツの男の周りである。彼の近くでは、落ちている木の葉でさえ動くのをためらい、風に(あらが)っているように見えた。  午後2時を回った頃、彼の足元に1つのボールが転がってきた。ボール遊びをしていた子供が取り損なったらしい。その瞬間、魔法が解けたかのように、ベンチ周りの時間は動き出した。石像のようだった男がボールに気が付いて眼鏡を直し、そっと拾い上げる。 「はい。どうぞ。」 駆け寄ってきた子供にボールを渡しながら男は言った。 「ありがとう。」 子供は、物言いたげな様子で男を見つめ、去ろうとしない。男は笑顔のまま子供が言葉を発するのを根気よく待っていた。 「そんな格好で何してるの?」 もじもじしていた子供はやっと口を開いた。無神経な訳ではないのだろう。不躾(ぶしつけ)な問いとは分かっていても好奇心には(あらが)えない。 「うん。ちょっとね。」 男は中途半端にはにかん(・・・・)で言葉を(にご)した。その顔は、少しばつの悪そうにも、照れている様にも見える。  子供がまた口を開きかけたちょうどその時、母親だろうか、若い女性が慌てた様子で駆け寄ってきた。(かす)かな緊張が男の顔をひきつらせる。 「すみません。ほら、行くよ。お邪魔しちゃ駄目でしょ。」 彼女は子供に注意しながら去っていった。子供は途中で一度振り返り、男に手を振った。それに気がついた母親も振り返って丁寧に会釈(えしゃく)をする。  男は安堵(あんど)の息を吐きながら、笑顔で会釈(えしゃく)を返した。最近は下手をすると子供と話しているだけで通報されかねない。彼は体の中を換気するかのように深呼吸をしてから眼鏡を直し、顔の前で手を合わせた。再びベンチの周りは動きを止めた。
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