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「同期会の連絡きた?」 テーブルに向かい合って座り、食べ始めるとすぐにキシが聞いた。 「うん、今日メールきてたね」 「再来週だよな」 平日も時々キシの部屋に泊まるようになって、会わない日の方が少なくなった。 いつも駅の近くで待ち合わせるが、今日は僕の帰りが遅くなって、キシが先に部屋にいた。ドアを開けてもらって、 「お疲れ様です」 と言いながら入ると、キシが笑った。 「お疲れ様です、か。何か変だな。ただいま、でよくない」 「でも、キシさんちだからね。お邪魔します、か」 部屋に行った日は、必ず一緒に食事をした。外で食べることもあったが、大抵キシが何か作るか買ってきて、部屋で食べた。 「生姜焼き定食っぽくした。どう?」 「すごい美味しい」 感想を聞かれると必ず美味しいと答えた。本当は胸がいっぱいで、味はよくわからなかった。そもそも、僕は食べることにほとんど興味がなかった。ただ、嬉しくて胸がいっぱいになるのは事実で、それが美味しいという言葉に変換された。 「上野、魚より肉の方が好きだよね」 とキシが言ったので、驚いて箸を止めた。 「そうかな。どっちも好きだけど」 「肉の時の方が食べる速度が速い。好きだからかなと思って」 肉と魚どっちが好きかという質問には、どっちも好きと答えることにしていて、前にもキシに言ったことがあるかもしれない。食べる速度を観察されるとは思ってもみなかった。 「作るのは肉の方が簡単だし、俺も肉好きだからなあ。外で魚食うようにすりゃいいのか」 キシは呟きながら食べていたが、僕の視線に気づいて、 「どうした」 と言った。どう説明すればいいかわからず、別のことを言った。 「同期会、もう返事した?キシさんお帰りなさいの会だから、返事とかない?」 「上野は?」 「返事はまだしてないけど。なんか気が重い」 キシは食べ続けながら、 「なんで」 と僕を見ずに言う。 「顔がひきつりそうで。でも、行かないのも不自然だ」 「そうか」 「今回、年一でやる定例の同期会も兼ねてるから。定例のは毎年出るようにしてるし」 「安田には、上野とはもう会ったって言うよ。今初めて会った、みたいなふりは、俺もさすがに不自然になるから」 「わかった。まあでも、キシさんは平気そうじゃん」 「そうでもありませんよ」 キシとただの同期どうしだった時は、彼が他の人と話すのを盗み見るのが好きだった。誰と何を話す時も落ち着いた様子で、たまに話し相手や話題に関心が向くと、何か考えているような目つきになったり、ちょっとだけ口元の表情を変えたりする。 会って間もない頃に、上野くんはどこに住んでるの、と聞かれたことがある。話しかけられたことに上ずりながら見上げると、ぞくぞくさせるあの目つきで僕を見ていた。僕がはっとする少し手前の、ほんの一瞬だけの、あの目。 最初に見た時から顔が好きで、話しかけられたら声も好きになった。キシが何か喋っている時に、声を聞くためにそばに行ったこともあった。話す時には、一度でも多く名前を呼ばれたかった。 部屋に行くようになってから、キシが会社を辞めるまでの間は、他の誰かといる彼を見るのは苦しかった。 何かがバレてしまいそうだから、僕はキシに近付けなくなって、それでも彼が気になって仕方がなかったから。 同期会の感じを想像すると、あの時の苦しさがよみがえってきて、落ち着かないわけだ。 キシが、テーブルを拭いたクロスをカウンターの上に置いた。 水がはねるからとシャツを脱いだのに、肌着代わりのTシャツを派手に濡らしながら、僕は食器を洗っていた。 「上野くん、同期会の前の日からこっち泊まれば」 「え。木曜の夜からってこと?」 「その方がよくない?で、当日も来ればいいよ。土曜日、どっか行こう」 さっき僕が不安そうにしたから、言ってくれたのだろう。カウンターの向こうのキシは、グレーのTシャツと黒のハーフパンツで、腕組みをして僕の手元を見ている。 「キシさん、優しいね」 「そう思う?」 キシはカウンターに両手をついた。 「上野くんがどっか行かないように、ね」 「は。どこも行くとこないよ」 「うん」 何でもなさそうに頷き、 「あのね、お前の皿洗い、雑すぎ。ちょっと教えてやる」 と言って、彼はカウンターを回り込んできた。
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