遠くて近い

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遠くて近い

 夏のバーゲンセールが始まった最初の週末。人混みを覚悟して、繁華街へ足を伸ばす。  目当ては夏服のセール品と、海に行くことになったから水着。  男の子ウケが良い水着は白で無地のものらしい。形は三角ビキニが一番ウケるなんて調べたら出てきたけど、絶対に無理。  色は白でも良いけど、無難にセパレートのスカートタイプなものにしよう。  そんな風に買い物をして少し浮ついた気持ちでいたら、帰り際にまさかのにわか雨。  あーあ。今日は一日、晴れの予報だったじゃない。なんで雨なんか降るのかなあ。  傘は持って来ていない。そもそも雨が降るなんて聞いていないし、必要だなんて思わないわよ。  駅まで走ろうかとも思ったけれど。雨の降り方が激しすぎて、駅に着いた時にはびしょ濡れになっちゃう。  仕方がないと観念して、雨を凌ぐためにカフェへ入る。同じような雨宿り目的のお客さんで混雑していたけれど、窓際の席が空いていた。良かった。  トレイをテーブルに置いて、椅子に座って一息つく。  窓の外を見ると、雨は勢いよく降っている。アスファルトの地面に雨粒が叩きつけられて、ミルククラウンの形ができている状態。これは、ゲリラ豪雨っていうやつよね。  さっきまで人で溢れていた大通りは、今や疎ら。大雨の中、傘を差して歩くツワモノもいるけど、殆どの人が何処かに避難しているのだろう。お店の軒先で雨宿りしている人の姿もある。  いつ止むのかな。天気予報アプリで雨雲レーダーでも見てみよう。  スマホを取り出して画面を見ると、SMSアプリにメッセージ通知が付いているのに気が付いた。  あ。先輩からだ。 『雨、凄いね。大丈夫?』 『うん。今、喫茶店で雨宿りしてる』  返事を送ると、あっという間に既読が付いた。  ふふ、スマホの画面。ずっと見ていたのかしら。 『迎えに行こうか?』  そんな文字と一緒に、犬が雨合羽を着て傘を咥えているスタンプが送られてきた。可愛い。 『にわか雨だろうし、大丈夫。先輩が着く頃には止んじゃうわ』 『そっかー。水着を買いに行くって言っていたから、見せてもらおうと思ったのに。残念』  今度はしょんぼり顔をしたウサギのスタンプ。先輩の内心を言い表す的確さに小さな笑いが溢れてしまう。  何度かメッセージのやり取りを繰り返す。  時間も潰れて有難いのだけど、先輩ってば返信早いな。今日は何をやっているのかしら。もし勉強中とかだったら申し訳ないな、なんて思いつつ。  ついつい返事が来るのが嬉しくて、スマホを弄る手は止まらなかった。 『こっちは雨が止んだよ』  その文面を目にして、ふと窓の外へ目を向けた。  こっちも陽が差して来ている。まだパラパラと少し降っているけど、傘を差さなくても大丈夫なくらいになっているっぽい。  軒先で雨宿りをしていた人たちもいなくなって、道にはまた人混みができ始めていた。 「あ……」  外を眺めていて、思わず声が出てしまった。  急いで荷物を取って席を立つ。少し速足で外に出て、人の波を抜けて駅の方へ歩く。  目的地は駅ではなくて、近くの跨線橋(こうせんきょう)。  駅の反対側に出られる場所だから、ここも人が多いな。  でも、同じように気が付いた人がいるみたい。立ち止まってスマホで写真を撮っている。  私もその場でスマホを弄る。カメラを起動させて、空に向かってレンズを向けた。  カシャリ――、と。聞き慣れた音が耳につく。  撮った写真を先輩に送ると、すぐに既読が付いた。何て返事が来るかしら。  でも、それから暫く返事が無い。忙しくなっちゃって見るだけ見た感じかな、残念。  そう思っていたら返事が来た。  あ。写真。 『こっちからも見えたよ!』  虹の写真と一緒に送られてきたメッセージ。  外に出て虹が見える場所を探していたのね。先輩らしいなあ。  跨線橋(こうせんきょう)の手摺に近づいて、改めて虹を眺める。  なんだか凄く不思議な感覚。全然違う場所にいるのに、同じ虹を見ているんだって思った。  今日はお互いに遠くにいるのに、凄い近くに先輩を感じてしまう。  そう考えていたら、自然と頬が緩んできちゃった。人混みの中で独りだけニヤニヤしている。絶対に変に思われちゃうのに、止められない。  少しの間、自分の頬と格闘して何とか気を取り直す。  よし、これでお家に帰れる。  家に帰って買ったお洋服を広げてみよう。水着も鏡の前でもう一度合わせてみよう。  浮ついた気持ちを人の波に乗せて、人混みに足を向けた。
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