最高の夏

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
「夏だー!」 「うん」 「海だー!」 「おー」 「海水浴だぁーっ!」 「いぇーい」  ナツは形から入るタイプだ。  そんなわけで、今日はナツと私で海水浴に来ている。どんなわけかというと、夏も終わろうかというこの時期に突然「夏らしいことしたい!」と思い立ったらしいナツが、朝早くから私を電話で叩き起こし、あれよあれよという間に海に連れてこられたというわけである。結局どんなわけなんだ。私が聞きたい。 「いいかいさーこくん、高校生の夏は三回しか来ないんだよ! 受験も考えると二回!」 「一回はもう終わったけどね」 「そう! そうなのだよさーこくん!」 「てか何なのそのキャラ」  これはナツの数あるモードの中でも指折りの面倒なやつだ。こうなるとナツは話し終わるまで止まらない。いつもか。いつもだな。 「つまり! この夏は実質わたしたちにとって高校生活最後の夏休み!」 「うん、そうだね」  髪を後ろでまとめながら適当に相槌を打つ。私もナツみたいに短くしようかな。夏休みが始まったときにばっさり切ればよかった。 「だというのにわたしたち! 全然夏らしいことしてこなかったじゃないかっ!」 「そうでもないと思うけど」  夏休みが始まる前だけど、かき氷とか食べたし。あと……あれ、あとは何したっけ。 「だから遊ぶ! 実質最後の夏休みの、その最後の最後くらいは! きっちりばっちり遊ぶ!」 「そういやナツ宿題終わった?」 「終わってない!」  まあ私も終わってないけど。終わるわけないじゃん。 「そんなことはいいじゃないか今日くらい! 遊ぼうぜさーこくん!」 「うん、たださ」 「何かねさーこくん!」 「今の流れ、今日もう三回目」  駅に向かうまでの道と、電車の中とで聞いた。私の相槌もだいたい同じ。 「はっはっは!」  誤魔化された。 「にしてもさ、ナツ」 「何かねさーこくん!」 「それもうやめて」  博士か何かかよと。ナツ博士か。夏博士のナツ……今のなし。 「んで、なぁに、さーこ?」 「いやさぁ……人ヤバくない?」  そう、この海水浴場、人が多い。めちゃくちゃ多い。八月の最終週ともなればクラゲが出たりとかで客は減るものと思っていたけど、全然そんなことはないらしい。  人混みが嫌いな私には、精神衛生上あまりよろしくない場所だった。派手な水着の金髪チャンネーとか、グラサンかけたマッチョなあんちゃんとか、普通に怖い。ピークはもっと混んでいたのかもと思うと、全身がぞわっとする。 「大丈夫! 人が多くても何かしら遊べる!」  そういう問題じゃないんだけどなぁ。 「とりあえず、日焼け止め塗っとこ。ほらナツ」  バッグからレジャーシートを取り出しながら、今にも海に向かって飛び出しそうなナツを呼び戻す。ナツならクラゲ蔓延る海だろうと何のためらいもなく飛び込みそうでヒヤヒヤする。  下に水着を着ているとはいえ、ナツはTシャツをあっさり脱ぎ捨てた。 「ちょっとは乙女の恥じらいを持て」 「そんなものは一昨日プラゴミと一緒に捨てた!」 「プラスチックどころか生ものだよ、限りなく」  ちなみに私は最初から水着を持ってきていない。理由はいろいろあるけど、推して知るべし。  シートにごろんと寝転がったナツの背中に、日焼け止めを塗り込んでいく。 「ナツ、肌すべすべだね」 「えっへん!」 「いや、ホントに」 「……」 「急に恥ずかしがらないで、何かこっちが恥ずい」  乙女の恥じらいを急にリサイクルしてきた。この場合はリユースか。……合ってたっけ? 何でもいいや。 「はい、終わり」 「さーこも塗る?」 「私は自分でやる」 「えー、やりたい」 「ダメ」  絶対くすぐられるから。 「さーこもお肌キレイじゃん」 「そう?」 「何かやってるの? あんちえいじんぐ?」 「意味分かって言ってたらぶん殴ってるとこだよ」  絶対分かってないから許すけど。 「よし。で? 何すんの?」 「んー……遊ぶ!」 「私の聞き方が悪かった」  むしろ一瞬何を考えたんだろうか。 「何して遊ぶの」 「砂のお城を作る!」 「小学生か」  高校生でも作るものなんだろうか。実は私、そもそも海水浴に来ること自体が小学生以来だったりする。 「うーん、こんなに人いたら何にもできないよ!」 「さっき何かしら遊べるって言わなかったっけ」 「……言った! よく覚えてるねさーこ!」 「自分の発言に責任を持って」  持ってないからこんなところまで勢いだけで私を連れてくるんだろうけどさ。 「じゃあ、とりあえず波打ち際まで行こう! それから考えればいいよ!」 「場当たり思考が秒単位」 「ほら早く立って! 行くよー!」  そう言って、ナツは私の腕をぐいぐい引っ張る。  人混みをかき分けながら進むナツの背中を見ながら、ふと思う。  ナツがいなかったら、私はもしかしたら、生涯海水浴に来ることはなかったかもしれないと。  無責任だし場当たり思考だけど、こうやってナツはいつも、私を知らないところへ連れていってくれる。ナツと一緒なら、クラゲのいる海にも飛び込めるし、嫌いな人混みも不思議と怖くない。  高校二年生、八月、最終週。  最高の夏が始まった。 「あ、私水着じゃないんだった」  さすがに海に飛び込むのはやめた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!