朧月夜のけだもの

11/11
前へ
/11ページ
次へ
「それなのに、なんで探偵なんぞに依頼を?」  なつめに問われて「それは」と弥七郎は申し訳なさそうに目を伏せた。 「子どもを殺してしまったからさ」  答えたのは知成だった。  弥七郎は目を見開く。 「そんなことまでわかるのですか」  知成が得意気に「私は名探偵だからね」と嘯く。 「キミは娼婦に対して潜在的な嫌悪感と憎悪を抱いている。そして驚いた事に殺すことによって充足を得るという点以外は、至って一般的な倫理観を持っているんだ。どちらかがなければ、もっと生きやすかっただろうに」  その同情するような声色は実際、嗜虐的な笑みで彩られた実に白々しいものだったが、弥七郎が腹を立てることはなかった。 「私もそう、思います」  そう語る目はどこまでも静かだ。 「殺した娼婦が身重だったと知ったとき、私は始めて罪悪感と後悔を得たのです。どうせ堕ろされるか、捨てられるか、よしんば生まれたとしても貧困に喘ぐことが決まっているような子どもでも、関係のない子どもを殺してしまったのは事実なので」  そう言葉を切ると、すべて語り終えたとばかりに立ち上がる。  弥七郎はまっすぐ知成の目を見据えた。 「賭けだったんです。誰かが私のしたことに気がつくかどうか」 「なら賭けはキミの勝ちということか」 「ええ。貴方に依頼をして良かった」  尊に腕を引かれながらも、弥七郎は知成から目を離さない。  不思議な薄墨色の瞳が自分の心をあますところなく暴いても、もう何も恐れる事はないという解放感があった。  薄い雲が流れて冷たい月の光が知成の容貌を妖しく染め上げる。その月のような美貌が、連行される弥七郎をじっと照らしていた。  自分の罪が浮き彫りになっていくその感覚に、弥七郎はただただ安堵していた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

37人が本棚に入れています
本棚に追加