朧月夜のけだもの

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「調べて欲しいのは、今、浅草で起きている事件なんです」  硬いソファに浅く座った弥七郎は、さっそく口火を切った。硝子の天板に置かれたコーヒィカップからは、ふかりふかりと新しい湯気が浮かんでくる。  彼の目の前では探偵助手だという青年ーー五百蔵(いおろい)なつめが手帳を片手に、弥七郎の声に真摯に耳を傾けている。  当の探偵であるらしい男ーー鬼塚知成(おにづかともなり)は、相変わらずデスクでふんぞり返っていた。こちらについては話を聞いているかわからない。 「浅草の事件というと、最近紙面を賑わせている"娼婦殺し"ですか?」  手帳を開きながら尋ねてくるなつめに、弥七郎はゆっくりと頷いた。  ”娼婦殺し”といえば、今の帝都で知らぬ者はいない。  今月のはじめに、浅草十二階の地下街で働く娼婦が1人殺された。  地下街の鉄砲女郎はいつ何処で野垂れ死んでもおかしくはない。目立つ外傷がなかったこともあり、あの辺りではよくある事だと誰も気に留めなかった。  しかし、それも2件、3件と続けば誰でもおかしいと思い始める。警察が本格的に捜査を開始する頃には、殺された娼婦の数は5人になっていた。  今ではどの新聞や雑誌でもこの事件を扱い、帝都の人々は怖や怖やと浅草十二階を仰ぎ見た。  警察が巡回しているらしいが一向に犯人は捕まらず、それどころか犠牲者は増えるばかり。つい先日も身重の娼婦が死んだと新聞で読んだ事を、なつめは思い出した。 「犯人は夜に現れて娼婦を殺して去っていくそうで、犯人の特定に繋がるようなものはまだ出てきていないそうですね」 「ええ」 「何故この事件を?」 「それは……」  尋ねられて弥七郎は口ごもった。膝の上に抱えた拳を握りしめる。
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