朧月夜のけだもの

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「実は、私の母は娼婦なのです」  ゆらゆらと不安げな視線が揺れる。 「母と暮らした記憶はありませんが、浅草十二階で娼婦をしていたと聞いています」 「その……殺害された中に?」 「……はい」  握りしめた拳がふるふると震えた。 「幼い自分を捨てた母ではありますが、死んでしまっては恨み言も言いようがないではないですか。探していた頃もありましたから……余計に、むなしくて」  弥七郎は目を伏せる。 「酔狂だとお思いになるでしょう。日々を生きるのもやっと貧乏人が、と」 「いいや?」  ここで、今まで黙りこくっていた知成が口を開いた。  顔を上げればデスクに座ったままの彼は、薄墨色の不思議な瞳で弥七郎の事を見つめている。  その瞳がまるで心のすべてを見透かすように細められるものだから、弥七郎は恐ろしくなって顔を背けてしまう。  きゅーっと口の端が吊り上がって、底意地の悪そうな笑顔が、昔に読んだ不思議の国のアリスに出てくる猫に思えた。 「酔狂結構。この仕事は私の道楽のようなものだからねぇ。なんならお代もいらないし。付き合おうじゃないか」  その言葉に弥七郎は安堵したが、視界の隅でなつめが重たいため息をついているのを見て申し訳なくなる。  こんな破天荒な上司を持って、生真面目そうな彼はさぞ苦労しているに違いなかった。
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