朧月夜のけだもの

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   ■ ■ ■  鬼塚探偵事務所の階下にあるカフェー"シリウス"。  外装に合わせて英国製の調度品で固められた店内は、足を踏み入れた者にちょっとした異世界旅行気分を味あわせてくれる。可愛い女の給仕はいないが、豊富な情報紙の取り揃えと、初老の店主が淹れるコーヒィに惹かれて、足しげく通う客も珍しくはない。  なつめもその内の1人であった。  カウンター席の1番奥。一等ひっそりとした席に座ったなつめは、厚焼き玉子を焼きたてのトーストに挟んだタマゴサンドにかぶりついた。  小麦粉の素朴な甘さが香る、外はサクサク中はふんわりのトーストに、しっとり甘く焼かれた玉子焼きが合う。内側に塗られたバターとマヨネーズも玉子焼きの味を引き立てるのに一役買っていた。  幸せの味につい頬が緩む。 「相変わらず美味そうに食うなあ」  そこへ感心したような声がかかった。  渋草色の着物と薄鼠色の袴を合わせた、がっしりとした体つきの男が顎をさすりながら現れてなつめの隣に座る。 「店長(マスター)、俺にも同じの」  メニューも言わずに注文した男は、うっすらと眉間に皺の寄ったなつめを見て、 「またか」  と呆れたように言う。 「またですよ」  なつめは諦めたように肩をすくめた。  彼は二階堂尊(にかいどうたける)といい、普段は警察官として働いている。  過去に起きた事件で知り合った2人は、時折ーー主に知成が依頼を受けたときなどーーこうして行きつけのカフェーで情報交換をしているのだ。
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