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「"娼婦殺し"ねえ」
「担当ではないですか」
「ああ」
尊は難しい顔で頷いた。
「俺が聞いた話だと、1人目が素手による絞殺であとの被害者は刺殺って話だ。思うに1人目は衝動的なもんだったんじゃねえか」
「1人殺して箍が外れてしまったと?」
「そんな感じに思うね。この頻度は」
「ちなみに犯人逮捕の目処は?」
「立ってない。犯人の目星がついていないというよりは、場所が場所だからな。候補が多過ぎて絞りきれんといったところだろう」
「なるほど」
なつめは頷きながらカップを口に運んだ。口の中に広がるコーヒィの香りと、舌先に広がる苦味と程よい酸味。なつめはコーヒィの中でも、"シリウス"のが一等好きだ。
「で、奴にはもう解っているのか?」
なつめが余韻に浸っていると、尊の声が現実に引き戻しにかかった。いつ受け取ったのか、彼もお気に入りのタマゴサンドをぱくついている。
奴、というのは知成の事だ。もちろん尊と知成も知らぬ中ではない。あの男が一筋縄ではいかないくせ者だということは彼も知るところであった。
「どうなんでしょうね」
こればかりはわからないと、なつめはため息をつく。
依頼を受けた知成は、弥七郎が出ていくとすぐに、「ちょっと見てくる」と言って出ていってしまったのだ。行き先を聞けば、「ちょっとそこまで」と要領を得ない返事が返ってくるばかり。無論わざとに決まっている。人の困り顔を楽しむような、悪質とも思える気質が知成にはあった。
「謎解きする素振りはない、と」
「ええ」
尊が眉間の皺を揉む。
「単純にどこの誰かわかってないのか、証拠がなくて口をつぐんでるのか」
「面白がって黙ってる可能性もありますね」
鬼塚知成が事件の真相を掴んでいないという考えは2人にはない。彼の能力が、観察眼や頭の良さなどとは一線を引いたところにあるものだと良く知っているからだ。
「どうしようもないやつだな」
「ええ、まったく」
「好き勝手言ってくれるじゃないか」
不意に降ってきた声に2人は肩を震わせた。
ひょっこり2人の間から顔を覗かせた知成の手が、尊の皿にあったタマゴサンドを1切れ浚っていった。
「ああ!」
尊の悲鳴に喉を鳴らしながら、形のよい唇があっという間にタマゴサンドを飲み込んでいく。
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