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浅草の夜は長い。
飲み屋や見世物小屋、娼館の建ち並ぶ通りなどは、夜半を過ぎても明かりが途絶えることはなく、甲高い女の笑い声や、野太い男衆の酒気を帯びた演説が外まで漏れ聞こえてくる。
そんな賑やかな通りを避けるように、1人の女が十二階のから忍び足で出てきた。
年の頃といい、安い着物を引っかけた格好といい、地下の娼婦の1人だろうと想像するに容易い。
連続殺人の起きている中で無用心な事だが、彼女たちのような貧しい者が仕事を休むのは難しいことなのだ。
それにしても、1人で帰るなんて。
闇夜に紛れるように路地裏に屈んだ"けだもの"は、あきれながらもニヤリと笑う。好都合だ。
"けだもの"は毎夜ここで娼婦が1人で帰るのを待ち構えているのだ。
彼女たちが数人で固まっていたり、家族が迎えに来たり、警察官が近くにいると行動に移れないのだがそこはひたすらに我慢だ。何時間だろうとじっと動かず身を潜めて待つ。すると3日に1度くらいは機会が訪れるものだ。
"けだもの"は空を見上げた。
煌々と輝いているはずの月は、雲に隠されている。少し雲が薄いが問題はない。月明かりで通りが明るくなる方が思わしくなかった。
足音を立てずに女の後をつける。
女は小走りで帰路を急いでいた。白くて細い首から香る女の匂いが"けだもの"を呼んでいる。
"けだもの"はゆっくり女の首に手を伸ばした。女を引き倒して口を塞ぎ、胸にナイフを突き立てるのだ。
しかし、幾度となく繰り返したその動作は途中で止められることになる。
「え」
"けだもの"は自分の視界が反転していることに気がついた。次いで背中を襲った痛みに、自分が目の前にいた女に投げられたのだと理解する。
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