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随分と久しぶりの感覚であった。
ざわざわ、人が溢れる東京駅。
テレビでよく見る、だからある意味見慣れた風景と言われればそれまでだが。
やはり、当然ながら、実際は異なると。
汗ばむ皮膚をタオルで拭う。
そもそも新幹線に乗ったのが何年振りなのか。まずそこだった。
記憶を辿っても、大学の卒業旅行で四国へとゼミの友人たちと行ったとき依頼なのだろうか。まさかの。八年振り、とは思わないがーーえ?まさか、それぐらいなんだろうか。
どうりで腰が重かったわけだ。
そもそも有休を申請するだけでも胃痛が酷かったが、それでも都会に行かなければならない。
その前提条件がつらいと思う。
ごわごわ、ぐつぐつと煮えるようなカラフルな人たち。
ああ、今からこの人間プールを掻き分けて、山手線に乗らねばならないということが嫌過ぎた。
隣で両親が交わす言葉をなんとなく聞き流しながら、欠伸に見せかけた大きな溜息をを吐いた。
八月上旬、大安ではなく、安いからという理由で先負というらしい。
従兄弟の結婚式に参列する為に、片道三時間を掛けて僕たちは上京した。
連絡が来たのは、僕がゴールデンウィークで死にそうになりながら、大量の買い物客を捌いている時だったらしい。
僕は、全国各地に店舗がある某マーケットで働いている。
コンクリートで固められた建物は、夏は暑く冬場取り敢えず寒い。
都心に合わせられて造られた建造物は、どう考えても雪国向きではなかった。
隣接されたガソリンスタンドには、雨はもちろんのこと、雪を遮る屋根がないのだから。
ここら辺の異常性に建築中に気付いておけば。
新店舗オープン従業員募集の求人に、いや、田舎にしては随分と給料の弾んだそれに惹かれて、応募することなどなかったのかもしれない。
突風を纏い凍えながら店内と立体駐車場を走り回る僕は、なんでも屋紛いの部署にいた。
本来ならば、家電が持ち場だった筈なのだが、転職して四年。
気付けば、エントランスで客のクレーム処理係という新規部署という名の混雑エリアのヘルプ担当員になっていた。
ちなみに配属は四人。
全体で百人弱いる店舗での、四人だ。
早番、遅番、シフトの有無に、なけなしの休憩を割り当てられれば、基本は一人になるのも無理はななかった。
ゴールデンウィーク最終日、何事もなく終わる平和な日があっても良いじゃないか。と、安定の面倒な客の相手をし、文字通りふらふらふらふら。家路に付くと、居間のテーブルに結婚式の招待状なるものが置いてあった。
「……マジか」
その疲労した脳が率直に思ったことは、彼女がいるなんて聞いてないぞ、だ。
昨年、大叔母の葬式で見た従兄弟は、ただ忙しそうに親戚へ頭を下げているものだったから。
彼女を連れて帰省とは羨ましいものだ。
生まれも育ちも××県、東北の田舎から三十年出たことはない僕にとって、帰省という概念はそもそもなかったから。その響きだけで何かカッコいいなと思う。
招待状の主、千葉県在中の従兄弟のコハトくんは、大学進学で上京するまで、お隣さんだった。
二歳上ということ、また互いにひとりっこというのもあり、兄弟のように育ったーーとまではいかないが、物物心ついた頃からは面倒を見てもらっていたように思う。
おめでとう楽しみにしているの連絡をすると、ありがとうと神前結婚式だから神社の空気を吸ってリフレッシュしてくれと返信がきた。
「……りふれっしゅ」
コハトくんは知っている。
新卒で勤めた会社で鬱病になり、その後はニートと単発のアルバイトを繰り返してきた僕の残念な生活を。
今の会社は、パート社員から始まって、なんやかんやと四年目になる。
僕よりも年下の同期たちが次々と正社員になる中、先月、漸くだ。僕も晴れて正社員になった。
何度も辞めようと思った。
つらいのだ。働くことは。
お客の対応をすることも、本社のお偉いさん方が来るときだけ頼り甲斐のある管理職の振りをし、無理難題を押し付けてくる上司も。
僕が弱い人間だからと見下して、顔を合わせた時には嫌味な言動をいちいちしてくる奴らも。
まあ、そいつらが他部署な奴ら、ということだけが救いではあるものの。
ならば、何故僕は四年もの長い、僕にしては過去最長記録更新中ーーあの嫌なことばかりの職場に通えているのだろうか。
相変わらずの胃薬に精神安定剤は友だちで、それをお守りのように内ポケットに忍ばせては、お客へ接客スマイルをできるようになった。
だからといって、仕事が楽しいなんて口が裂けても言えないが。
だったら、何故だろう。
おそらくは、軽口を叩ける仲間の存在なのかもしれない。
年齢も前職も全く異なる、しかし、おそらくこの新店舗オープンに応募してきた同郷の仲間たちは。
時折開催される飲み会で、ぽつぽつと皆が自身の過去を苦労を語る。
世の中は、つらいことで溢れている。
目を覆いたくなる、身体を痛めて、脳内を過ぎる誰かの言葉に何度も心臓を抉られて。
そうやって生きている人たちは、いっぱいいるらしい。
それが分かってしまったから。
それを分かち合える仲間たちがいるからこそ。
僕は、混沌といっても過言ではない、あの混雑した空間で生きていられるのかもしれない。
未だに、生きているのかもしれない。
ざわざわざわ、自分が辿りつくべき道を明確に理解しているのだろう、周囲の人たちは、足早に去って行く。
あの速度も、前を見据える力も持たない僕は、おそらく、人並みの結婚なんてゴールを期待してはいない。
年齢、イコール彼女いない歴の僕には程遠い夢物語だ。
まあ、良いだろう。今は、働いているから。
薬を飲んででも悩んで悩んで、定期的には死にたくなったとしても。
生きているのだから。
ゴールといえば、取り急ぎまずは、方向音痴三人が見事揃った僕ら家族が、この人ごみから抜け出すことだろう。
昨夜入れたばかりの地図アプリを開いた僕は、ゆっくりと、顔を上げた。
都会の日差しも、凄まじい暑さだと、目を細めた。
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