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週末のブルース 17
俺が高校の卒業式で歌ったのは、「仰げば尊し」だった。普通だ。しかし尊に訊くと、「何それ」という返事が帰ってきた。
「うちの高校——とか——とかかかってたけど」
「どういう学校なんだよ、それは」
俺は顔をしかめたが、その後でちょっと笑った。尊が過ごしたのは、俺とは全然違う高校時代なのだ。二十五も違うのだから仕方がない。こいつもそれでいいと言っているのだから。
いつかこいつが、俺との違いに打ちのめされる日がこなければいい。俺はもう慣れた。いまさらおっさんだのなんだの言われたって平気だ。
「卒業おめでとう」
俺が言うと、尊は歯を見せて笑った。
「トモちん俺の制服いる?」
なんだ急に。
「制服なんてもらっても困るぞ」
「いいじゃん。着てみてよ」
なんでだよ。
再度断ろうとしたが、奴は俺の頭から学ランを被せてきた。ちょっと汗くさい。当たり前か。男子高校生が三年間着た制服だもんな。
ボタンは全部そのまま残っていた。今時は第二ボタンをねだられるなんてこともないんだろうか。
高校生の頃、俺には好きな奴がいた。男同士だし、まだはっきり認める勇気がなくて、そいつを好きだと思うことすら自分に許さなかった。大学に入って遊びまくるようになったのも、その頃の閉塞感が原因なんだろう。
そんな俺からすると、尊は眩しい。眩しくて、時々たまらなくなる。
幸せすぎる。尊がじゃなくて、俺が。
「トモちん?」
尊が覗き込んだ。
俺は顔を見られたくなくて、奴の頭を叩いた。
「なんだよぉ、もー」
「うるさい」
俺は尊の学ランを放り投げた。まあ、後で拾ってクローゼットにしまっておこうとも、思ったが。
尊はぶつぶつ文句を言いながらソファに転がった。しばらく唇を尖らせてスマホをいじっていたが、やがて俺を手招きした。
「トモちんトモちん、ちょっとちょっと」
お前はもうちょっと語彙を増やせ。
「なんだよ」
「いいからいいから」
俺が隣に座ると、奴は俺にぴったり頬をつけてスマホを構えた。
「卒業記念」
やめろよ。ヘラヘラしやがって。
尊は俺の肩を抱いた。そうしてなんの悩みもないみたいな顔で、こんなことを言うのだ。
「好きだよ、トモちん」
お前は俺を殺す気か。
※尊の台詞にはお好きなアーティストさんを当てはめていただければよろしいかと。
私はKing Gnuや米津玄師さんあたりを想定しています。
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