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週末のブルース 10
俺は困っている。
「ちょっと意見を聞かせて欲しいんだが」
と、水を向けた相手は、前に「勘違いじゃないすか」と言った例の部下だ。こいつは二十代後半だが、少なくとも俺よりはずっと尊に歳が近い。
「合鍵をくれっていうのは、どういう意味だと思う?」
「合鍵をくれっていう意味じゃないですかね」
うん、まあ、そりゃあそうだが。
サプリメントを置いておくから合鍵をくれと尊は言ったが、そもそも合鍵を渡すなら会うだろうし、その時にサプリをくれればよくないか? なんで合鍵なんて言葉が出てきたんだ? あいつバカなのか? いや、バカなことは知っていたが、今回の発言は何がしたいんだかまるでわからなかった。
あの日以来、尊には連絡していない。今日が火曜日だから、もう四日になるのか。
尊からは二回ほど、「おーい」「トモちーん」と呼びかけるメッセージが来ていたが、なんとなく返信しづらくてそのままになっていた。しかしそろそろ何か言っておかないと、言っておかないと……どうなるんだろう? そもそも俺からはほとんど連絡してないんだよな。温泉のことがあったから今回は電話したが……。
「どうしたもんかなあ」
「うーん。正直若い子がおっさんと付き合うメリットって金ですよね。合鍵渡したら家の中荒らされちゃうかもしれませんし、慎重になった方がいいんじゃないすかねえ」
お前なんてこと言うんだよ。そうだった、こいつはこういう、誰もが思ってても空気を読んで言わないようなことを平気で口にする奴だった。
だけど……金? 尊が?
思い起こしてみれば、あいつは安いメシはたかるが金自体を寄越せと言ったことはないし、高価なプレゼントも要求しなかった。行けなかった温泉だって、あいつは最初バイトして自分で払うと言っていたのだ。
「あの子はそんな子じゃない」
俺が言うと、目の前の冷めた若造は思い切りバカにしたような顔をした。
「意外と人信じやすいんすね」
大きなお世話だ。
その日の帰り、俺はやっと尊にメッセージを送った。
『返事が遅くなってごめん。なんで合鍵なんて欲しいんだ?』
『だって鍵持ってたらいつでもトモちんち行けるだろ。だからちょーだい』
返信早いな。
『うちに居座られても困る』
『なんで?』
『仕事があるだろ。それに家出少年をかくまうみたいで問題がある』
『親には友達んち泊まるって言っておくから。大体スマホ持ってればすぐ連絡取れるんだしさー、俺がどこにいたって捜したりしないんだって。俺、トモちんちに帰りたい』
何を言ってるんだ、こいつは。なんなんだ、俺のうちに帰りたいって。
困るだろ。
『鍵くれよ』
とか、人の気も知らないクソガキが追い打ちをかけてくる。
犯罪は嫌だ。断れ。断るんだ。
『……しょうがないな』
しょうがないのは俺だ。
『いつ取りにいったらいい?』
と訊かれてやっと思い出したんだが、俺は今週末も実家に行く予定だった。平日は専業主婦の姉が行ってくれるが、土日は手伝ってくれと言われている。
『来週かな』
『えー、遠い。トモちんいなくてもいいからさー、わかるところに置いといてくんない?』
『安全性の問題でそれはだめだ』
『じゃあ平日の間に一瞬でいいから会おうよー。俺いま新宿駅辺りにいるんだけどお』
『……わかった。一瞬だからな?』
『うぇーい』
うぇーいってのはなんだ、うぇーいってのは。
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