週末のブルース 11

1/1
前へ
/20ページ
次へ

週末のブルース 11

「お帰りー」  などと言いつつ、ソファーに転がるクソガキがひとり。  日曜の夜だった。俺は実家から帰ってきたところ。骨折した母親と、家のことは何もできない父親の面倒を見て、ついでに父親とは軽く口喧嘩なんかもして、腹の底に苛立ちが溜まっていた。 「いつ来た?」  俺が訊くと、尊は転がったまま答える。 「今朝」 「今朝?」  合鍵を渡したのは火曜日だ。その時に平日は来るなと言い渡したら散々ゴネられて、しかしどうにか今週は守らせたのだが。 「トモちーん、俺平日も来たいんだけどぉ。ここに帰ってきたいんだってば」 「ここはお前のうちじゃない」 「いいじゃん別に。俺の別宅ってことにすれば」  別宅ってなんだよ。ガキのくせによくそんな単語知ってるな。 「お前なあ、週に何回も来られると俺の体力がもたないんだよ」 「あー、そう? エッチするとダメってこと? じゃあいるだけにするからさー、いいだろ?」  それを果たしてこいつが守れるんだろうか。  俺はため息をついた。 「なあ、愚痴ってもいいか」  なんて言ってしまったのは、疲れ切っているせいだ。十八歳のガキに頼ろうなんて、普段ならまずしない。 「うん。いいよ」 「親父と喧嘩した」 「なんで?」 「結婚しろ、孫を見せろってうるさい」 「あー、なるほど。あるあるだね」  その通り。あるあるだ。 「何年も前に俺は女じゃダメなんだって言ったんだよ。それなのに覚えてないとか聞いてないとか言い張って、何回も何回も言ってくる」 「めんどくせー」  そうだ。めんどくせー。 「大体俺ももう四十三なんだから、いい加減諦めて欲しいんだよな。姉の方に孫はいるんだし、そもそも結婚ばかりが幸せじゃないだろう? だから孫だのなんだの、何言ってるんだよって話なんだが」  すると尊は座り直して、こんなことを訊いた。 「トモちん子ども欲しいの?」 「いや、全然」 「だったらどーでもよくね? 欲しいならなんか方法考えないとだけど、欲しくないなら別にいいじゃん」 「そりゃあそうだが、親父がうるさい」 「そんなんさあ、結婚するとかどーとかトモちんが決めればいいじゃん。おとーさんが口出してくるって変だよ。てか、なんで孫なんて欲しいんだろ? 俺よくわかんねー」  俺もよくわかんねー。  さすが十八だけあって発想が自由だ。俺のように、自由なふりをして実は周りの目を気にしているおっさんとは違う。眩しくて、なんだか切なくなってくる。  こいつには、ずっと自由なままでいて欲しい。 「まあ、いいや。どうでもいいよな。気にしないことにする」 「うん、気にしない方がいいよ。じゃあ、そろそろこっちおいで」  尊が自分の隣を指差している。当然のような態度で。恋人を呼ぶかのように。  その態度にツッコミを入れるには、俺は疲れ過ぎていた。手招きされて素直に従って、クソガキの肩に頭を預けて、抱きしめられると安心するなんて思って……。  明日は月曜だ。言うまでもなく、仕事だ。 「今日は、してもいいぞ」  許してしまった。 「マジで? しよしよ」 「シャワー浴びてくるから待ってろ」  そのまま押し倒してきそうなのを防御しつつ、俺は尊の腕から抜け出した。ほっとしたような寂しいような、不思議な気分だった。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

132人が本棚に入れています
本棚に追加