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週末のブルース 11
「お帰りー」
などと言いつつ、ソファーに転がるクソガキがひとり。
日曜の夜だった。俺は実家から帰ってきたところ。骨折した母親と、家のことは何もできない父親の面倒を見て、ついでに父親とは軽く口喧嘩なんかもして、腹の底に苛立ちが溜まっていた。
「いつ来た?」
俺が訊くと、尊は転がったまま答える。
「今朝」
「今朝?」
合鍵を渡したのは火曜日だ。その時に平日は来るなと言い渡したら散々ゴネられて、しかしどうにか今週は守らせたのだが。
「トモちーん、俺平日も来たいんだけどぉ。ここに帰ってきたいんだってば」
「ここはお前のうちじゃない」
「いいじゃん別に。俺の別宅ってことにすれば」
別宅ってなんだよ。ガキのくせによくそんな単語知ってるな。
「お前なあ、週に何回も来られると俺の体力がもたないんだよ」
「あー、そう? エッチするとダメってこと? じゃあいるだけにするからさー、いいだろ?」
それを果たしてこいつが守れるんだろうか。
俺はため息をついた。
「なあ、愚痴ってもいいか」
なんて言ってしまったのは、疲れ切っているせいだ。十八歳のガキに頼ろうなんて、普段ならまずしない。
「うん。いいよ」
「親父と喧嘩した」
「なんで?」
「結婚しろ、孫を見せろってうるさい」
「あー、なるほど。あるあるだね」
その通り。あるあるだ。
「何年も前に俺は女じゃダメなんだって言ったんだよ。それなのに覚えてないとか聞いてないとか言い張って、何回も何回も言ってくる」
「めんどくせー」
そうだ。めんどくせー。
「大体俺ももう四十三なんだから、いい加減諦めて欲しいんだよな。姉の方に孫はいるんだし、そもそも結婚ばかりが幸せじゃないだろう? だから孫だのなんだの、何言ってるんだよって話なんだが」
すると尊は座り直して、こんなことを訊いた。
「トモちん子ども欲しいの?」
「いや、全然」
「だったらどーでもよくね? 欲しいならなんか方法考えないとだけど、欲しくないなら別にいいじゃん」
「そりゃあそうだが、親父がうるさい」
「そんなんさあ、結婚するとかどーとかトモちんが決めればいいじゃん。おとーさんが口出してくるって変だよ。てか、なんで孫なんて欲しいんだろ? 俺よくわかんねー」
俺もよくわかんねー。
さすが十八だけあって発想が自由だ。俺のように、自由なふりをして実は周りの目を気にしているおっさんとは違う。眩しくて、なんだか切なくなってくる。
こいつには、ずっと自由なままでいて欲しい。
「まあ、いいや。どうでもいいよな。気にしないことにする」
「うん、気にしない方がいいよ。じゃあ、そろそろこっちおいで」
尊が自分の隣を指差している。当然のような態度で。恋人を呼ぶかのように。
その態度にツッコミを入れるには、俺は疲れ過ぎていた。手招きされて素直に従って、クソガキの肩に頭を預けて、抱きしめられると安心するなんて思って……。
明日は月曜だ。言うまでもなく、仕事だ。
「今日は、してもいいぞ」
許してしまった。
「マジで? しよしよ」
「シャワー浴びてくるから待ってろ」
そのまま押し倒してきそうなのを防御しつつ、俺は尊の腕から抜け出した。ほっとしたような寂しいような、不思議な気分だった。
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