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週末のブルース 14プラス半分?
ある土曜日、彼は見てしまった。
入社以来何かと注意され通しのおっさん――失礼、上司が、やたらと真剣な顔つきでグラスを選んでいるのを。
それ自体は別にどうということでもない。そりゃあおっさんだし晩酌用のグラスだろう。彼の目に止まったのは上司がグラスを選んでいることではなく、その横で、妙にでかい若い奴が退屈そうにしていたことで。
その若い奴は言った。
「なー、トモちん、まだー? そんなん何で飲んだって一緒じゃん」
おっさんは激怒した。
「お前が割ったんだろうが! あれは限定品だったんだぞ。大事に使ってたのに!」
「だから、ごめんて」
「ごめんで済むか、バカ」
若いのとおっさんはなおも言い合いを続けていて、それを眺めていると彼にもわかってしまった。
そういえばすごく年下と付き合ってるみたいなこと言ってましたね。年下ってそっちっすか。結局合鍵は渡したっぽいすね。公衆の面前でいちゃいちゃすな。普段真面目なサラリーマンですってツラしといてトモちんてなんやねんお前。
まあ、いろいろ思いはするが、彼もこの上司のことはさほど嫌いではない。たまにウザいだけだ。
なので、さもいま初めて気がつきましたよという顔で言ってみた。
「佐木係長じゃないすか。こんちは」
するとおっさんが見事なびっくり顔で青くなったので彼もちょっとびっくりした。
「誰にも喋ったりしないすよ?」
というか上司の恋愛事情になど毛ほどの興味もない。ましてそれを広めて楽しいと思うようなメンタルは持ち合わせていない。
「トモちん、誰これ」
若い彼氏の方はあからさまに警戒した雰囲気だ。
「その、会社の」
おっさんはだらだら汗を流している。
「前に付き合ってたとかじゃねーだろーな」
と、彼氏。恋愛脳だな。普通「会社では隠してるんだな」とかいう発想をしないかね? いやいや睨むな睨むな。でかいのに睨まれると怖いから。愛されてますね係長。
そんなこんなで彼もだんだん面倒くさくなってきて、上司にこんなことを言ってその場を後にした。
「お幸せに」
上司は呆然としていたようだが、彼氏の方はほんとに付き合ってたんじゃないのかとかエッチしたことあんのかとかなんでそっちの反応やねんと思うようなことをぐちぐち訊いていた。
で、最後に、こんな言葉が聞こえてきた。
「グラス、就職したらいいの買って返すから」
え、ちょっと待って、彼氏いくつ?
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