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週末のブルース 15
昼を過ぎて、午後の仕事も軌道に乗ってきた頃。スマートフォンが鳴った。
短く鳴る着信音はメッセージだ。しかし俺はためらった。早く知りたい気持ちが半分、もしもだめだったらと思うとやっぱり知りたくない気持ちが半分。我ながら変な話だ。自分のことではないというのに。
鳴ったのは業務用ではない、私物のスマホだ。そろそろ結果が出ると聞いていて、連絡が来たらすぐ確かめられるようデスクの上に置いてあったもの。
それを睨むこと、数分。
「何やってんですか?」
と、部下が呆れた様子で言った。
こいつは前に尊と一緒のところを見られた例の部下だが、その後特に何も言ってくることはなかった。どうも他人のことはどうでもいいらしく、噂話なんかにはまるで興味がないようだ。歯に衣着せぬ物言いをする奴だが、そういうところは正直助かる。十年前ならいざ知らず、今時は男同士で付き合ってようが何しようが気にしない人間も多いのかもしれない。
俺は意を決してスマホを手に取った。尊からのメッセージは――。
『内定もらったよー』
「おお!」
思わず声を上げてしまった俺に、部下はびっくりした顔をする。
二週間前に、尊は就職試験を受けた。奴の中では本命らしい、鉄鋼系の工場だ。そろそろ返答があるはずの時期で、俺も毎日気もそぞろだった。
それにしても、就職内定ということは、あいつも社会人になるのだ。なんというか……大丈夫なのか? そもそもよく採ってもらえたな。面接の受け答えは結構よくできた(本人談)らしいが。ちゃんと毎朝出勤して挨拶して先輩に教わりながら真面目に仕事する――なんてできるのか? 開口一番で「おはよー」とか言って上司を怒らせたりとかしないだろうな? 三日で行かなくなるなんて事態になったら、さすがの俺も怒るぞ。
「何ニヤニヤしてんすか。気持ち悪いな」
部下が言った。
うん、まあ、あの。喜ばしいことは喜ばしいからな。顔に出てしまったのは、ちょっとこう、仕方がない。
俺は急いで返信を打った。
『よかったな。とりあえず内定祝いでもしておくか』
『うぇーい焼肉だー』
焼肉なのか? そんな約束をした覚えはないぞ。だけど、こいつが食べたいならそれでいいか。
尊に食わすなら何よりもまず量だな。質はそこそこでいいから、同じ金額でたらふく食えるところ。上品じゃなくていい。男ふたりで行って、気を遣わずに楽しく食事できるところ。むしろチェーンの方がいいかもしれない。
『今夜は空いてるか?』
『平日じゃん。トモちんこそ大丈夫なの?』
『今日はいいんだ。せっかくだから腹いっぱい焼肉食わせてやる』
『おー! いいじゃーん! めっちゃ嬉しー!』
尊はシュールな動物のスタンプを連続で送って寄越した。「嬉しい」「ありがと」「大好き」。
大好きって、お前。
――お……。
危ない。うっかり俺もだよとか返しそうになってしまった。違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
『今日だけだからな』
なんとかおっさんの体面を保ちつつ、俺は普通の文面を送った。
隣で部下が白けた顔をしている。
「彼氏、就職決まったんすか?」
なんでわかるんだ。
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