週末のブルース 16

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週末のブルース 16

 卒業式が近づいてくる。  本当にこれでいいんだろうかと思いながら、俺は尊を眺めている。  なーんにも考えてないみたいな、のんびりした寝顔だ。起きていると生意気で尊大で、やめろというのにのしかかってくるようなガキだが、寝ている時は年相応にかわいい。たまにむにゃむにゃ口元が動いているのは、たぶん何か食ってる夢でも見ているんだろう。  昨日も泊めた。一昨日も、その前も。ほぼ毎日だ。いや、そりゃあまあ、なし崩し的に、俺の意志に関わらず、押しきられたかたちで、卒業したら一緒に住むってことになってはいるが。こう毎日毎日来られると、こいつがいるのが当たり前みたいになってきて、自分でもちょっと怖い。  トモちんなんて呼ばれるのも、もう当たり前になっている。  アラームが鳴った。午前六時だ。 「うーん……」  尊が寝返りを打って、往生際悪く布団を被る。  俺は尊に構わずベッドを下りた。コーヒーを淹れ、簡単に飯を作り、タブレットでニュースフィードをざっとチェックしつつそれを食べる。顔を洗い、スーツに着替え、ネクタイを締めようかという時になって尊が起きてきた。 「あー……。おはよー……」  眠そうだ。昨夜は何もしてないのにな。  尊はあくびをしてテーブルにつき、俺はその前に朝食を並べてやる。コーヒーは苦手だというから、こいつにはオレンジジュースだ。 「じゃあ俺は行くから。鍵よろしくな」 「あー、ちょっと待って」  尊は立ち上がって、俺にキスをする。満面の笑み。 「行ってらっしゃい」 「ああ」  普段通りの顔で、平静を装って、玄関を出て、鍵をかけて。  俺はその場にへたり込んだ。  なんなんだ、これは。行ってらっしゃいのキスとか、本気で死ぬほど恥ずかしいんだが。  ああいうことを自然にやってくる辺り、若いって怖いな。あいつはそういうことに疑問を持たないんだろうか? 一緒に暮らしていたらこれが日常になるわけで、いちいちおはようとかおやすみとか行ってらっしゃいとかでキスしてられるか。新婚じゃあるまいし。  ああ、もう。顔が熱い。  鍵の外れる音がした。 「あれ? トモちん、まだいたの?」  まだいたのじゃねえ。というかお前支度早いな。 「駅まで一緒に行こうよ。今日は帰り遅くなんの?」 「いや、まあ、普通かな」 「じゃあ、今日は俺が飯作ろうかな」  俺の家に入り浸るようになって以来、こいつには少しずつ料理を教えていた。インスタントラーメンだのレトルト食品だので済ませるのは、若いうちはよくても年寄りには堪える。脂っこいものもだめ。胃にもたれて翌日まで響く。  どんなにベタベタ過ごしていても、同じペースではもう歩けない。悲しいかなこれが現実だ。  隣で笑う尊を見ていると、なんだか胸が締めつけられる。 「お前、本当に俺でいいのか?」  なんてことを、つい訊いてしまうくらいに。 「いいよ。なんで?」  尊は即答した。  お前は少し疑問に思え。本当に、困った奴だな。 「じゃー、行ってくるね」  駅に着いて、尊が手を振る。 「おう」  俺も手を振り返して、小さく息をつく。ここまで来ると、俺ももう自覚している。  俺は尊が好きだ。自分でも嫌になるほど。
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