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週末のブルース 5
ある土曜日の朝。
クソガキが俺のベッドを占領している。
無駄に身体がでかいから、一緒に寝ていると狭くて仕方がない。こいつと寝るにはキングサイズのベッドが必要だな。そのくせこいつは熟睡していて起きる気配もないのだから、どれだけ図太いんだ。
俺は朝早く目が覚めてしまう。一度目覚めるとなかなか寝直せなくなったのは、四十を過ぎた頃からだ。どうも歳を取ると寝るのも下手になるらしい。おかげで昨日の疲れが残っていた。
疲れさせたのはこのクソガキなわけだが。なんて――ああ、またオヤジくさいことを考えてしまった。
俺はリビングに出た。腰をさすりながらコーヒーを淹れる。
あいつはたぶん昼近くまで寝るだろう。起きたらまたうるさいし、それはそれでいいのだが、それにしても若い体力は無尽蔵だ。そのうち俺の腰が壊れるんじゃなかろうか。
向こうは十八で俺は四十三。こんなことを続けていていいわけがない。
とはいえ。とはいえだ。歳がどうのこうのと俺から持ち出すのは、なんというか……まるで本気みたいじゃないか? そもそもお互い遊びなんだ。年齢も納得ずくのはずだろう? クソガキは気にしていないみたいだし、俺が気にしなければいいだけの話じゃないか? いや、そうはいっても、ほとんど犯罪なことに変わりはない。バレたら危ないのは俺だ。
などと結局悩みつつ、コーヒーを飲む。
クソガキが起きてきたのは、俺の予想通りそろそろ正午という頃だった。
「おっさん、腹減ったよ。なんか作って」
「お前、少しは遠慮というものがないのか」
「エンリョって言われても腹ペコは腹ペコなんだもん。それとも俺にメシ食うなっての?」
「わかったわかった、焼きそばでも作ってやるからちょっと待っとけ」
今日は作ってやるが、こいつはうちに来たら多少なりとも自分でなんとかするようにしつけないとだめだな。
なんの変哲もないキャベツ多めの焼きそばを出してやると、クソガキは子どもみたいに笑った。
「ありがと、トモちん」
「おい、ちょっと待て。なんだそのトモちんてのは」
「だっておっさんトモノリじゃん? いつまでもおっさんって呼ぶよりはいいだろ」
「確かに俺の名前は智紀だが、お前にトモちんなんて呼ばれる筋合いはないぞ」
「いいじゃんトモちんで。かわいいし、ぴったりだよ」
十八歳のかわいいの基準がわからん。
「とにかくトモちんはやめろ。そんな呼び方ガキの頃でもされたことないんだよ」
「やだ」
「やだってなんだ。相手が拒否してるんだからやめろよ」
「トモちん細かいことうるさ過ぎなんだよなー」
俺は唸った。
「おい、尊」
お返しに名前を呼んでみたら、奴は目を大きく見開いた。
「うわあ、トモちん俺の名前覚えてたんだ。いっつもお前とかおいとかしか呼ばれないから忘れたんだと思ってた」
「え、あ、それは、悪かった」
「うん、失礼だよな普通に」
「お前だっておっさんおっさん言ってただろう!」
しかしこうして俺たちは、ようやくお互いを名前で呼ぶようになったのだった。
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