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週末のブルース 6
その光景を目にした時、俺は思わず街路樹の後ろに隠れてしまった。
例によって例のごとく新宿駅周辺だった。仕事も終わり、食事をとってから帰ろうと思っていたところ。どの辺りに行こうかと見回していたら、そいつがいた。
あのクソガキ――もとい、尊だ。
隣にいるのは友達だろう。制服の似合わない奴だと思っていたが、同じ制服を着た子と並ぶとそうでもなかった。こうして見ると、どこから見ても普通の高校生だった。とても……その……ベッドにいる時のあいつと同じ人間には見えなかった。
なんというか、こう、見てはいけないものを見てしまったような気持ちになる。
俺はいたたまれなくなって踵を返した。今日はもう真っ直ぐ帰宅しようと思った。
だが、そんな俺の背中に、奴はなぜか声をかけてきたのだ。
「あっ! トモちんじゃん!」
だからその呼び方はやめろ。
じゃなくて――こいつ、友達といるっていうのに、なんでこんなおっさんに普通に声をかけてくるんだ。そういうのは見てみぬふりをすべきなんじゃないのか? それともそんなふうに思う俺が古いのか?
じゃあな、なんて友達に手を振って、尊はこっちに走ってきた。
「いいところで会った。メシ奢ってよ」
お前はそれしか言えないのか。
「友達はいいのか? 遊んでたんじゃないのか」
「あいつそろそろ帰るっていうから。俺も腹減ったし」
「なんか買って食えばいいだろ」
「なんか買って食おうかなあって思ってたとこにトモちんが来たんだろ。すげえ偶然」
「お前にだけ都合のいい偶然だな」
「トモちんも俺に会えて嬉しいだろ」
お前のその根拠のない自信はいったいなんなんだ。
「家には帰らないのか? 平日だろう。親は何してる」
「さあ。かーさん昨日から帰ってきてないから、また実家なんじゃない?」
「……とーさんは?」
「仕事」
「とーさんはかーさんを迎えにいったりしないのか?」
「しないしない。仲悪いもん」
「兄弟は?」
「にーちゃんがいるけど、家にはいない」
俺の眉間に皺が寄る。
「お前、普段何食ってる?」
「パンとかカップラーメンとか。ガキの頃からそんな感じ」
誰も帰ってこない家で、パンとカップラーメンか。道理で、食えりゃなんでもいいなんて言うわけだ。
「わかった。うちで食おう」
「マジで? じゃあ、今日トモちんのうちに泊まるかな。パンツ買ってよ」
そこは「貸してよ」じゃなくて「買ってよ」なんだな。少しは気を遣えよ、クソガキ。
「明日も学校だろ。大丈夫なのか?」
「へーきへーき。遅刻したって別にどうってことないし。それより何食わしてくれんの?」
「炒飯」
「おー。いいじゃん」
いいじゃんってのはなんだ、いいじゃんってのは。
そしてよく考えれば、明日も仕事で大丈夫じゃないのは俺の方だった。
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