はじまり

6/10
5579人が本棚に入れています
本棚に追加
/192ページ
少し歩いたが、まだ諦め悪く、 中澤邸を立ち去ろうか迷っていたその時、一台の黒い高級車が中澤邸の前で止まった。 運転席に常務の姿が見えた。 「中澤常務!すみません!」 小走りに中澤邸前に戻って行くと、私に気づいたのか、クルマの窓が静かに開いた。 「中澤常務!三崎です。 まさ…、吉崎さんのこと、教えて下さい!お願いします。」 中澤常務は私を見て、 「乗って。」と、助手席を指した。 私が常務の指示に従って助手席に乗ると、 クルマは滑らかに走り出した。 「常務、突然すみません。吉崎正人さんは、本当に亡くなったのでしょうか?」 「あぁ、今、会ってきたところだ。 …穏やかな表情をしていた。」 「私、吉崎さんに会いたいんです、お願いします。 最後に、一目だけでも彼に会いたい…。」 涙が溢れて、目の前が滲んで見えた。 「もう二度と会えなくなるなら、最後に会わせてください。お願いし…ます。」 中澤常務は、少し眉を顰めて考え込んでいたが、 「分かった。 連れて行ってやるから、明日は普通に出勤すればいい。 着替えを忘れるな、明日が通夜だ。」 「はい、ありがとうございます。」 その後、常務は私をアパートまで送り、無言で去って行った。 常務と接する機会なんて今まで無かったけど、何故だか、とても嫌われてる気がする。 別にいいけど、住む世界が違う人だし。
/192ページ

最初のコメントを投稿しよう!