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業務が終了し、医務室に向かった。
松永先生に昨日の礼を言い、簡単に事情を説明した。
ただ、正人が共通の知人という説明にとどまったが、松永先生が詳しく聞いてこなかったので少し安心したのは事実だ。
「三崎さんは以前から、常務と面識があったのかしら?」
私は首を振って、
「いいえ、ありませんよ。
社内報でぐらいしか見たことありません。
知人の訃報で呼ばれるなんて、思いもよりませんでした。」
先生は腑に落ちない顔だったが、事実なんだから仕方ない。
それから、暫くして野村さんが入ってきた。
常務秘書の野村一季さんは、インテリめがねの知的な印象の男性で、社内での人気は高い。
「三崎さん、常務がお待ちになっていますので、クルマまで案内しますね。」
緊張からだろうか、不思議なぐらいビクリと肩が跳ねた。
「はい、すみません。
よろしくお願いします。」
野村さんに案内されて、常務のクルマに乗った。
プライベートということなのだろう、
今日も運転しているのは常務だった。
「野村、あとは頼む。」
「はい、承知しました。 お気をつけて。」
野村さんに見送られ、私と常務は正人の通夜に向かった。
同じクルマに乗っていても、全く会話はなんて弾まない。
相変わらず、何を考えているのか分からない人だと思う。
気づまりな空間だったが、今はそんな些細なことどうでもいい。
生前の正人との数々の思い出と、別れた頃の彼の様子を思い起こしていた。
私は何か見落としていなかっただろうか?
考えたが、
答えは出ないままに会場に到着した。
少し肌寒い、晩秋の夜のことだった…。
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