シリウスの伴星

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ウツモ ハテルモ ヒトツノ イノチ 宮沢賢治 (剣舞の歌 より) シリウスの伴星 少年が霞ヶ関に着いた時は、正午 を少し回っていた。 リストウォッチのひとかたまりの 2本の針が、お互いを また振り(ほど)こうとしている。 少年はグローブを外して黒いジー ンズの尻ポケットに突っこみ、乗 って来た単車に、(はず)した黒のフルフェイスのヘルメットをホルダーでくくり付けた。 黒のイミテーションレザーのジャ ケットを脱いで脇にかかえ、警備 員詰所を左に見て、外務省前の駐 車スペースを横ぎり、街路を渡っ て向かいの農林水産省に入った。 当時、2つの省は向かい合った場 所にあった。 所々、地方の特産品が積み置かれ ている通路に、サンプルケースと 食券販売機があって、スーツ姿の 男女がチケットを手にしてラウン ジに吸いこまれていく。 サンプルケース前を素通りし、食 券も買わずラウンジに入ると、料 理の匂いと喧噪とが少年の からだを包んだ。 ざわめくこの空間のどこかに〈客〉がいるはずだ。 雑誌社から転送されて来た手紙に は20代前半だとあった。 昨晩〈客〉に電話で支持された通 り、出入口近くの窓際に立ち、少 年はラウンジ内を見回したが目印(サイン) だと言われた〈眼鏡〉の男性は複数いた。 銀のフレームの20代をピックア ップしようとしたが25歳と26 歳を峻別するのは不可能だと思っ て少年は探査(サーベイ)を諦めた。
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