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次の目印は〈新書〉だった。
銀のフレームから活字の書物に目
を落としつつ箸を動かしている男
性はいたが、どう見ても40代か
50代で、電話での、甘さを抜き
去ったような硬質でクールな声の
イメージと重ならない。
こちらはこちらで〈客〉への目印になるように、前髪だけを蛍光イエローに染めている。
これが無駄に目立つ嫌いはあるが、染めを落とすとファッションに凝ったところで服だけが人目をひいて、俺は特徴が無くなってしまう。
霞ヶ関であれ、永田町であれ、新
宿二丁目であれ、俺は街に溶けて
しまい〈客〉から発見してもらえ
まい。
俺が〈客〉を発見できない以上、
〈客〉の方から俺を発見してもら
わなくては。
ひと括りにされたくなければ特色は必要だ。
すると、紺のスーツに、青と水色
のストライプ柄のネクタイの青年
が、ラウンジ奥の席を立ち、トレ
ー返却口に歩いて行く間に、こち
らを見た。
と 少年は感じた。
(綺麗な男だ)
青年の怜悧な面差しとスレンダー
なからだつきはアンティロープを
連想させた。
(あの男がいい)
少年は思った。
すでに俺は瞬きを忘れている。だから…
(〈客〉があの男でも、
そうでなくても、
俺はあの男がいい )
〈眼鏡〉を着けておらず〈新書〉
を携えてもいない。でも…
紺のスーツの青年は、それから、
更に奥のレストルームに消えた。
(オペレーション変更)
コンパティブルな 、互換性の利く俺の性格を一貫性に欠けると批判するやつもいるが、機に臨み変に応ず(臨機応変)は 性格というより体得した技術になっている。
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