81人が本棚に入れています
本棚に追加
〈客〉が〈あの男〉であれば、俺
はサプライヤーとして、この喜び
を供給するために、まずは優しく
て、感じのよい振る舞いを相手に
提供すべきだろう。
決心が 少年の態度を、際やかで、朗らかで、快活なものにした。
「半井さんですよね?」
シェットランドコリーに駆けよる
コーギー といった風情で少年が駆けより、いくぶん探るように、しかし確信と期待に満ちた まな
ざしで、自分を見上げた時、半井 と呼ばれた青年は甘いとまどいを覚えたが、それがなぜなのかはすぐに分かった。
少年は、自分の左側に 回りこん
で来たのだが、自分は左利きだと少年に告げた覚えがなかった。
だから、この事実は偶然にすぎな
かったのだが、わずかな幸先のよ
さを感じて気持ちばかりの笑顔を
つくり、少年にうなずいてみせた。
すると少年は、主の気持ちに大いに反応して尾をふる仔犬のようになってしまい、その有様に青年は
すっかり警戒心を解かれ、今度はシベリアンハスキーに語りかけるマッシャーのように少年に問いかけた。
「ヤマナシ アキラくん
だよね。君が本人だという
証明はできる?」
すぐに少年は運転免許証をとりだ
し、相手の境遇や事情を気遣う用
意のあることをしめし、ライセン
スと一緒に、素直で好もしい印象
を青年の瞳に映すことに成功した。
「月見里と書いて、ヤマナシと
読ませるんだ。懐かしい感じの
する珍しい名字だね。アキラは
太陽の陽か。いい名前だ」
「しょっちゅう陽気の
アキラっては言われますけど、
陽って呼んでもらって
かまいませんから。
半井さんは、大きく
貴いって書いて、どう
読むんですか?」
「大貴」
「シロタカさんか。
じゃあ、シロさんて呼んで
いいですか?」
(それじゃ、犬だ)
「ヒロタカなんだけど」
「あ、俺、シがうまく発音
できない」
「陽くん ごめん。
ヒルトンホテル
って言ってみてくれる?」
「シルトンホテル」
「……」
「ビは言えるんですけど、
ビジネスホテルとか」
「それって…」
「由来、方言なんで、
毎回意識すれば言えると
思います。 ヒ、ロタカ。
ヒロタカ。うん、イケる。
ね、いいですか?
ヒロさんて呼んでも」
「いいとも」
「俺ら、名前似てますね」
「え? そ…うかな」
「割と距離の近い恒星同士。
大星って、おおいぬ座の
アルファ星。
高輝星シリウス。
意味は たしか、焼き焦がす。
だったかな」
「天狼星?」
「それは中国名」
「ちょっと待って。シリウスの
和名は青星じゃなかった?」
冬の夜空に青白く輝くので、その
名であると記憶していた。
ひょっとして、この子はシリウス
B(Companion of Sirius)のことを言おうとしている?
だが、僕が長いあいだ、青く鋭く
輝く〈シリウス〉に焼き焦がされ
て来て、甘い苦しみを舐めている
ことを、この〈太陽〉が知るはず
はない。
最初のコメントを投稿しよう!