06◆ なるようになる

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06◆ なるようになる

   その夜はチヨから電話があって、久方ぶりに近況報告で盛り上がったのだが、この間まで自分ひとりの胸に仕舞い込んでいた圭吾との再会も、思いの外すんなりと話すことが出来た。すでに結論が出ていた事に気付かず、実際に圭吾に会ってそれが引き出されたのかもしれない。よくある事だ。 「まあ、なるようになりまっさ」  最近、チヨはやたらに関西弁を使いたがる。さては関西人の彼氏でもできたかと突っ込むと、何だか変な間があいた。修行が足りんわ、バレバレじゃないか。 「まあいいや、正月にたっぷり聞かせてもらおう」  今度の正月、私はチヨをうちに招いた。実は最近、彼女の周辺に何とあの森脇先生が出没して、ちょっとしたトラブルになっているのだ。同時期に昔の彼氏に悩まされるとは、私たちもつくづく不思議な因縁だと言うと、 「もしかして、昔の男復活キャンペーン中とか?」  チヨが冗談を言って大笑いする。表面だけ見れば私たちは面倒な立場に置かれているのかもしれないが、二人とも結論がきっちり出ているので、特にお互い心配はしていない。やはり少しだけ、私たちは当時より大人になっているのだろう。それなりの代価を支払って。  次の週、山本先生のアトリエで粘土をこねながら、圭吾の卒業祝いに贈るカップのデザインを考えた。たぶんもう一度、場合によってはこの先もっと何度も彼とは会う事になるかもしれない。しかしそれは男と女としてではなく、私にとってはあくまでも友人の一人としてだ。  圭吾が好きか嫌いかと聞かれれば、今でも好きだし大切に思っている。ただし、かつて恋人時代に感じた「愛情」ではなく、同じ時間を分かち合った同士に感じる「人情」である。私は誰より羽根田圭吾の優しさを知っている。男として見限っても、人間の部分で彼を認めているのだ。  しかし、圭吾はそうではない。彼はあの頃から時間を止めて生きてきた。もちろん、そのうち圭吾も自分の求めているものが今の私ではなく、輝いていたあの時代である事に気付くだろうが、それはないものねだりである。頑張って今が最高、と言えるように努力するしか手立てはないのだ。  その結果、それでも圭吾が私を必要とするなら、それはその時に考えればいい。そりゃあ男と女だから、明日はどういう目が出るかわからない。ただ、それは相手が誰であろうといえる訳で、新しく始める事はあっても続きからやり直す事はない。それが私の結論だ。 「なるようになりまっさ」  チヨの真似をして口に出すと、何だか愉快になってきた。できる事を精一杯やったら、後はなるようにしかならない。そう考えているとバッグの中で携帯が鳴り出したので、私は慌てて水道で手を漱ぎ、濡れた指でつまむようにして電話の受信ボタンを押した。 「遅せえよ」  年がら年中不機嫌ボイスの幼馴染どのが、ぼそっと文句を漏らす。背後から車のクラクションが聞こえた。どうやら外にいるらしい。 「粘土こねてたんだよ、何か用?」 「出てこないか」 「どこにさ」 「とり藤」  給料が入ったから焼き鳥を「おごっちゃる」のだそうだ。貧乏人の光太郎が、まあ珍しい事もあるもんだと思っていたら、就職祝いのお返しのつもりらしい。先日、光太郎の就職が内定した祝いに私が財布を贈ったのに対し、 「俺、お前ん時、何もしてないのに」  と、気にしていたものの、何を買っていいかわからず焼き鳥に誘ったのだという。全く光太郎らしい気の遣い方に私は噴出しそうになった。しかしせっかくのご好意なので、素直に甘える事にした。「とり藤」ならここから電車で2駅だし、片付けを含めても小一時間ほどで行けると言うと、光太郎は先に行って待っておくと電話を切った。 「焼き鳥、ヤキトリ~」  私は粘土を片付け、鼻歌交じりでアトリエの掃除にかかった。焼き鳥と聞いた途端にお腹が減ってくるのだから、私も相当食い意地が張っている。あの焼き鳥屋は何度か行った事があるが、値段が安い割には味がいいのだ。とり皮、ねぎま、なんこつ…今日は寒いから鶏の水炊きも美味しいだろう。  光太郎がヒィヒィ悲鳴をあげるくらい食べてやろうと思いつつ駅に向かった時、ブルゾンのポケットの中で携帯が鳴っているのに気付いた。液晶にはK.Hの文字が光っている。二年半ぶりに登録する圭吾の番号を、どう表記しようか迷った私は結局イニシャルにしてしまった。それがかえって秘密めいて見える事に気付いたが、他に変えようもないのでそのまま放置している。 「今、外にいんだけど、飯でもどうかなって」  圭吾はあの後、ご両親と妹さんに嵐のように怒られて許しを得、今は実家に戻ってせっせとレポートに励んでいる。今日は調べ物のため図書館に籠っていて、気がついたら夜になっていたので私を誘ってみたのだそうだ。  よりによって、殴り合いのけんかをした両者から同時にお誘いとは。「先約があるので」と、やんわり断ろうと思った私の頭に、稲妻のような閃きがパッと浮かんで、次の瞬間には信じられない台詞が口から飛び出していた。 「じゃあさ、焼き鳥食べに行かない」
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