この中に運命の人がいます。

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この中に運命の人がいます。

 データを登録しておくと、運命の人を教えてくれる、『アカイイト』というアプリがあった。もし近くに相性の良い人がいるときは、距離を知らせてくれるらしい。  クラスの女子はみんな試している。  興味がなくても、一応は入れておくぐらいはしないと、今時の女子高生はやっていけない。  運命の出会いなんて、別に信じてはいなかった。ただ、面白そうだからダウンロードしてみただけだ。  とはいえ、そう簡単に奇跡というものは起こらないらしい。ダウンロードしてから、半年経っても何もなかった。  だからほとんどアプリの存在自体を忘れていたのだ。  だがある日、渋谷駅を出て、ハチ公前広場近くのスクランブル交差点で待っていると、アラームが鳴り始めた。アプリをダウンロードしてから、アラームが鳴るのは、初めてのことだ。 「運命の人と接近中です」  画面を見ると距離が36メートルと表示されている。交差点の向こう側に、運命の人がいるということかもしれない。  この運命の人というのは、流行りのAIが判定した結果というやつらしい。相性が良いなんて、本当かどうかはわからない。  日常にほんの少しだけ、ドキドキする瞬間があれば、それでいい。ただのお遊びアプリだ。誰だって本気で信じてるわけじゃない。  交差点の向こう側には、老若男女がうようよいる。  私の運命の人は一体誰なのか。  こんな中から私は探せるのだろうか。  このアプリでは、運命の出会いを演出するために、相手の顔は直接わからないようになっている。ただ距離で判断するしかないのだ。  ドキドキしながら、信号が青になるのを待っていた。  あと10秒、5秒。  信号が赤から青になった瞬間、待ち構えていたかのように、一気にみんなが歩き出す。  イヤホンから、アプリのカウントダウンが聞こえてくる。 「残り30メートルです」  正面に見える大型ビジョンのCMが切り替わる。今一番話題の、若手俳優が爽やかに飲料水を飲んでいる映像が流れていた。  画面にアップになったイケメンが、交差点の向こう側から歩いてくる。変装用の帽子を被っているが、あの顔は間違いない。  ま、まさか彼が運命の相手?  まさかそんなことって。  さすがにそれはないだろう。  落ち着け自分。 「残り20メートルです」  イケメン俳優の隣には、羽振りのよさそうなサラリーマンが歩いている。お金は持っていそうだが、なんとなく生理的に無理って感じのタイプだ。  年齢差で捕まりそうだし、いろんな意味で、これはないな。 「残り15メートルです」  みんなから少し出遅れて、周りをキョロキョロしている男子が歩いてくる。クラスで隣の席に座っている田中くんだ。  まさかこいつが、運命の相手なのか。アプリで反応して、私を探しているのだろうか。だが、いくらなんでも、毎日学校で会っているのに、アプリが反応しないわけがない。  急に運命の相手に昇格するような、何かがあったということなのか。普段着の男子は、ちょっと格好良く見えるのは、どうしてだろう。  まさか、まさか。彼が運命の相手なのか。  ふいに田中くんは、急に電話がかかってきたのか、交差点を逆走し始めた。交差点の向こう側にいる女子に手を振っている。隣のクラスの女子だ。いかにもデートな服装をしている。  なんだ、彼女いたのかよ。  ですよねー。  ちょっとばかし、ドキドキしていた私がバカだった。  べ、別に期待なんかしてなかったんだからね。 「残り10メートルです」  少年野球の小学生らしき集団が走り抜けていく。もし運命の人がこいつらなら、別の意味で事案だ。私が捕まってしまう。さすがに、ないない。  普通の運命の人はいないのか。  ヤキモキしながら、私は歩き続ける。 「残り5メートルです」  少年たちが駆け抜けた背後に見えたのは、杖をついてよろよろと歩いてくるご老人だった。 「残り0メートルです。運命の相手と接近中です」  腰の曲がったおじいさんと目があった。  にっこりと笑ったその口には、金歯が光っていた。  おじいさんの着ていたロックTシャツは、私が今一番好きなバンドのものだった。  確かに趣味は合いそうだが、どうやら私たちは出会うのが遅すぎたようだ。  よく考えてみたら、あと数年もしないうちに、この国の人口の半分は、50歳以上になると聞いたことがある。高齢者の割合だって、いずれ3割に近づくらしい。  運命の出会いとか、無理なのでは。どう考えても無理ゲーすぎる。  普通の相手を、普通に自分で探したほうが、幸せになれそうだ。  そう思いながら、交差点を渡りきった私は、そっとアプリを削除した。
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