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初デート
結局左手の感触は帰ってこなかった。
人生そんなもんである。
それはさておき、俺はシャロンと一緒に買い物に出かけた。
フィオナも付いてきたがったが、「担任として行くのに先輩がついてきたら意味ないじゃないですか」と言うとすぐに引き下がった。
なんだそのライン引きは。
「えっと、どこか行きたいとことかあるか?」
ふるふる。
だよなぁ。
しかし、生まれてこの方女の子と出歩くことなんてなかった人生。
どこに連れて行けばいいのかもわからない。
アンの買い物のお供をさせられた時と、フィオナの食料調達に連れ出された時を除けばだが。
どちらも俺が連れまわされているだけなのでどこに行けばいいのかわからないというのは変わらないしな。
しかも、シャロンは貴族だ。
しかもお后様を輩出するほどの。
もちろん、1人で自由に出歩けるはずもなく、本人は気付いていないが、6人の監視がいる。
妙なとこに連れて行けば俺が殺されるかもしれん。
なんだこの謎の絶体絶命感は。
こんなことで命が危険にさらされていいのか。
「じゃあ、友達がどこに遊びに行ってるかとかわかるか?」
ふるふる。
詰んだ。
とりあえず、お昼時だし、俺も今日は何も食べていないからお腹がすいている。
どこかで食事でもとろう。
「何か食べたいものあるか?」
ふるふる。
会話がない。
近場の大衆食堂に入る。
言うなれば、ファミリーレストランだ。
「こういうところに来たことあるか?」
「ない、です……」
やっぱりないか。
そうだよな。
貴族とかは基本的に専属のシェフが付いてるし、こんなところにまで外食には来ない。
そもそも、貴族がくるようなお店じゃないしな。
監視の方々もなぜここにと感じだ。
なぜじゃないよ。
金を使いたくないんだよ。
「あら、ライヤ! そんなかわいい子どこで攫ってきたんだい!?」
「攫ってきたとか不穏な事言うなよ!?」
顔なじみなのでおばちゃんからこんなことを言われたりもする。
「えっと、なにちゃんかな?」
「ぁ……、えっと……、名前は、シャロンです……。ライヤ先生の生徒で……」
「あらー! そうかい! ライヤの教え子ねぇー! それはたらふく食べてもらわなきゃねぇ!」
こういうところのおばちゃんは威勢がいいと相場が決まっている。
折角喋っていたシャロンの言葉を途中で切るのはやめて欲しい。
悪意があるわけではないどころか善意の塊みたいなものだからあまりとやかくは言えないのだが。
「お子様セットでいいのかしらね!」
「いいか?」
「ぁ……、おまかせします……」
「じゃあ、お子様セット1つと、日替わり定食1つで」
「あいよ!」
この店は、お世辞にも繁盛しているとは言えない。
だが、俺のような固定客がいるのでなんとか黒字なんだそうだ。
ちなみにお客さんが少ないので注文してから料理が出てくるまでがとても早いというのもこの店の魅力だ。
「はい、お子様セットと日替わり定食ね!」
「心なしか、いつもより量が多い気がするんだけど……?」
「そんなの気のせいだよ! うちはいつも大盛りさ!」
「いや、それは大盛りを選択したときで……」
「さ、シャロンちゃん、いっぱいお食べ! お代は先生にたかっときな!」
「い、いただきます……」
「いや、俺が出すのはいいんだけどさ。言い方ってあるよな?」
たかるって言うなよ。
「!」
「おいしいか?」
コクコク頷いて一心不乱に頬張るシャロン。
ここの味は俺が保証する。
個人の大衆食堂ってのは基本的に美味しいからな。
だからこそ固定客もつくわけだし。
「そんなに喜んでくれると嬉しいねぇ! さ、たんとお食べ!」
自分の料理をおいしいと言われて嬉しくない奴はいない。
作った本人ではないけど。
料理は夫さんが作ってるからな。
一度は詰んだ状況だったが、シャロンが喜んでくれたようで何よりだ。
貴族の高級な料理ばかり食べているシャロンにとってこういう料理はまた別のおいしさがあるだろう。
ジャンキーな食べ物って癖になるしな。
日替わり定食を食べながら俺は考える。
ここは当たりだった。
だが、以前詰んでいる状況に変わりはない。
この後どうすればいいんだ。
先生になってこんなイベントがあるなんて聞いてないって。
うん。
日本なら捕まるってのを度外視すればゲームセンターとかあるわけだが。
そんなものはない。
精々釣りがいいところだ。
でも釣りって男の子が好きなイメージだよなぁ。
女の子も好きな人はいるんだろうけど……。
「この後なんだけど、釣りとか行ってみないか?」
「釣り、ですか……?」
「あぁ、行ったことはあるか?」
ふるふる。
「じゃあ、今日初めて行ってみよう」
「あ、はい……」
うん、興味があるのかないのかわからないが。
初めてならなんでもやってみるに限るだろう。
命の危険がない限りは。
顔なじみに釣具屋さんに行って材料をそろえる。
「今日はこの子もいるから浅瀬用で頼むよ」
「そうじゃな。これなんかどうじゃ?」
「いいな。子供でも大丈夫か?」
「軽く作っておるわ」
おじいちゃんが作るその土地に合った道具ってのが一番信頼できる。
特にこういう経験がものをいうやつは格別だ。
長年の経験でそれに最適なものを教えてくれる。
「よし、じゃあ、道具も買ったし行くとするか」
「ぁ……、持ちます……」
俺が荷物を全部持ったのを見て、シャロンが協力を申し出る。
「じゃあ、これを持ってくれるか?」
「ひゃっ……!」
俺が差し出したのは餌。
うじうじ動くタイプの。
うんうん、年相応のかわいい反応で助かる。
「冗談だって。さ、行こう」
「ひどいですよ……」
顔を真っ赤にしてむくれながらもついてきてくれるシャロン。
こんな風に1度気をそらせば荷物のことも忘れてくれる。
しかもかわいい。
釣り場である小川に着いて、準備を始める。
餌付けられるか?
ぶんぶん。
うーん。
トラウマになってしまったようだ。
首を振る速度がいつもより早い。
「じゃあ、餌はそこにつけるから。あとは俺がやってるようにやってみてくれ」
手本として竿を振る
竿を振る際に一瞬餌にびくついたものの、真似をしてシャロンもしっかり餌を水に垂らす。
1人ならここから無の時間が始まるのだが、2人となるとそうもいかないよな。
「学校はどうだ? 楽しいか?」
ここは軽く世間話でもしておこう。
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