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家庭訪問
残りの時間は教養教育の時間だ。
いくら魔法を教える学校とは言っても、魔法ばかりを教えているわけではない。
算数や歴史なども教えなければならない。
「先生―」
「はい、マロン」
「こんなことを覚えて、何か意味があるんですかー?」
勉強していると、必ず感じる疑問だよな。
「端的に言えば、ないと思うぞ」
歴史の授業中、俺は思ったことを言ってしまう。
いや、まぁ、言ってしまうというか、普通に言ったんだけど。
「例えば、何か起こった時に昔の人はどんな対処をしたのか、とかは学ぶ必要があるかもしれないな。だけど、それが何年に起こったかなんてどうでもいいことだろ?」
先人の知恵を活かすという点で見れば、それがいつだったかなんて情報は必要ない。
「だけど、少なくとも俺にとっては生徒の皆がどれだけ努力をしたのかということを見ることができる」
数学のように、努力だけではどうにもならないものもあるかもしれない。
だが、歴史の暗記のようなものは、努力によってどうにでもなり得ると考えている。
大切なのは、本人に合った暗記法をどれだけ早く見つけられるかだ。
「自分で、どうやったら覚えられるかというのを探す機会だと考えたほうがいい。どこで働くことになっても、覚えることは多いしな。魔法もどういう過程を踏んで撃つのか覚えていないとできないだろ?」
この世界の魔法はただ念じればいいというものではなく、しっかりとプロセスを踏んで発動しなくてはならない。
火は単純だから覚えやすく、雷などは難しい。
「覚え方には色々あるが、例えば俺はテスト形式が1番効率が良かったかな。テストと言っても一問一答形式の奴を何回も解くって感じだな。どんな感じで出題されるのかも一緒に覚えられるから、俺には合ってた」
知ってる問題なら、問題文を最後まで読まずとも答えがわかるようになるのだ。
そうでなくとも、問題文を読んでいる途中からある程度選択肢を絞れるようになる。
俺にはこのやり方が性に合っていたのだ。
「あとは、アンかな。あ、アン王女な。あいつはとにかく読んで覚えるタイプだった。教材はあるからな。ただ、アンは黙読でいいタイプだったが、本来なら音読もした方がいい。耳からも情報を入れることで覚えやすくなるからな」
アンは本当の意味で天才だからな。
ここにいるこいつらも魔力的な意味では天才なのだが、所詮遺伝に過ぎない。
アンはなんでもできる万能タイプの天才だ。
唯一、運動だけは苦手にしていたが、それも別に平均に劣るものではない。
比較的苦手というだけだ。
「そんな感じで、自分に合ったインプット方法を学ぶって考えたほうがいいかもしれないな。将来、役に立たないとは言わないが、少なくとも役に立たせるシチュエーションが少ないのは確かだからな」
先生としてどうかと思うが、これは俺の偽りのない本音だ。
なにせ精神年齢的には18×2で36歳分の年月を過ごしているのだ。
中堅の先生くらいの期間は生きている。
2回勉強したというだけの話なのだが。
人生経験的には劣るにしろ。
そんな感じで4時限の授業を済ませ、放課後。
今日最大の仕事はここからなのだ。
ゲイルの家へ欠席理由を聞かねばならない。
本来なら、家から学校へと連絡しなければいけないはずなのだが、流石大貴族様。
そんなことはどこ吹く風で全く連絡がない。
こういう場合は安否確認も含めて担任が家に確認を取るようになっているのだ。
この魔法世界、前の世界程は情報通信技術が発達しておらず、基本的には人伝に情報が回るようになっている。
つまり、担任の安否確認は担任が直々に本人の家に行かなくてはならないのだ。
面倒だ。
「すげぇ……」
あまりの豪邸に語彙力が低下する。
いや、アンに呼ばれて城に行ったからもっとヤバいのは見てるんだけども。
それでも個人でこれかー……。
貴族はものが違うなー。
実家と比べながらそんなことをしみじみと思う。
いや、比べるのがおかしいのかもしれないけど。
ジジジジジジ。
「すみません。ゲイル君の担任のものなんですが。本日欠席でしたのでそのご連絡に伺ったのですが……」
インターホンを鳴らし、気持ち大きめの声で要件を伝える。
「坊ちゃまの担任の方ですね。お話は伺っております」
現れたのはいかにも執事といった風体の老年の男性だった。
ゲイルのことを坊ちゃまと呼んでいるから、長くここに仕えているのだろうか。
「坊ちゃまはご在宅ですが、会う気はないそうです。体調不良などではありませんのでご心配にも及びません。明日の授業の準備もございますでしょうし、お引き取り下さい」
体調不良ではないのに学校を休んでいる方が問題なのではないだろうか。
しかも、暗にどころか明確に追い返されてるよな。
「わかりました。ゲイル君には是非学校に来るようにお伝えください」
しかし、丁寧な対応をされている手前、家の前で長々と粘るわけにもいかない。
とりあえず今日は帰るしかないだろう。
「ただいま帰りましたー」
「あ、おかえりー」
「やっと帰ってきたのね」
「……なんでいるんだ?」
「ご挨拶ね」
帰ってから管理人室に顔を出すと、フィオナは当然として、アンがいた。
「同僚として、あなたのことを気にかけて来てあげたのよ」
そこでアンは視線をチラッとフィオナに向ける。
「不埒な先輩にライヤが毒されていないかも見張らなくちゃいけないから」
「不埒とは王女様も失敬だなー。私はライヤに日常的に求婚しているだけだよ?」
「それを不埒と言わず何というのですか!」
この2人は昔から折が合わない。
のんびりしているフィオナとかっちりしているアンでは馬が合わないのは当然と言えば当然なのだが、それ以上にこの2人は張り合う節がある。
美女2人が争っているというのもオツでいいものなのだが、この2人がガチでけんかになると尋常ではない被害が出るので俺がストッパーにならなくてはいけないのだ。
むしろ俺が帰ってくるまでよくケンカに発展しないでくれた。
「ほら、そこです! いかに先輩と言えど、ライヤに色目を使うことは許しません!」
「この程度、色目になんか入らないよー。日常的な光景だよねー」
「な!?」
にぎやかで飽きないのはいいことだけどな。
「あ、ご飯食べていく?」
「いただきます」
仲がいいのやら悪いのやら。
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