私を人生にさせて

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私は、スーパーのビニール袋に入れて持ってきた男物の柄Tシャツとパンツをフユシマに手渡した。 フユシマはすぐに袋から取り出して、とりつかれたようにパンツを顔面に押し付ける。そして、肺いっぱいに、匂いを嗅いだ。 「ほんとに、使用済み?これ。洗剤の匂いするけど」 「うん。うち、柔軟剤、二倍入れる派なのよ」 「マジ迷惑だわ」 フユシマは整った顔いっぱいに不満そうな感情をあらわにした。いい顔をしている、私はそう思った。暗い所で悪さをしているような気分だ。 真っ暗で何も見えなくなるまで電気を付けない部屋、換気をしていないよどんだ空気。ワンケーの間取り。 この部屋は、脱ぎっぱなしの服だとか、食べっぱなしのカップ焼きそばとか、たたんでないアマゾンの箱だとかで溢れている。甲斐甲斐しく掃除をしてやる気にもならない。 私がフユシマの鍵をもらったのには、ほんとう、意味がない。この怠惰に満ちた部屋が語るように、ただ、フユシマはインターホンを鳴らされて、ドアに向かうのが面倒だという理由だけで、私に鍵をよこした。 フユシマはものぐさで、動きの悪い人間だった。 繭にこもって、なかなか出てこない。 幾重にもしばられたわけありの付箋にがんじがらめになっているのだ。 「フユシマ、外でないの?」 「ひとが多いところはきらいなんだ」 フユシマは再び、ごろりと体を横たえてベッドにこもってしまった。 私は立ち上がり、フユシマの汚い部屋をウロウロする。 並んだ漫画。三ヶ月に一度新刊の出るジャンプコミックス。古い板チョコレート。押入れのニットカーディガン。ミッドナイトブルーの色。床に散らかるステテコ。トンボ柄。 私は、水切りかごにいれっぱなしの、手垢だらけのグラスに、コンビニで買ってきた一リットルパックの麦茶を注いだ。 土足で入ってもらいたそうに、冷蔵庫の背中が泣いている。 麦茶を喉で飲み干すと、フユシマの汗ばんだ背中とあいまって、私は夏を感じた。 「どのくらい、人と会ってなかったの?」 「人なんて、くだらないよ」 ベッドに転がったまま、フユシマは答えた。それから、フユシマは延々とスマホを見守る。いつもの、物言いたげなニートが集まる掲示板に貼り付いているのだ。 いつ、何度会っても、フユシマの姿は、初めて話した時の直感と同じだ。 フユシマは、大勢はきらいなのに、一人になりきれない。他人との距離感が、幼い子どもの足元のように、覚束ないのだ。 私はもういっぱい、麦茶を注ぐ。せっかく会いにきても、日中の距離感は、ほとんどこんな感じだ。 フユシマとは身体の関係を結んでいない。かるくキスをしたり、抱きしめたり、そんなスキンシップはあるけれど、フユシマはあくまで、それを〝私の連れ〟に関する条件としか捉えない。 引き換えに、私は男のキスの仕方や、セックスの手順とかを説明したり、タバコの銘柄とか、居酒屋で飲むお酒、男物のパンツとか、フユシマの需要に沿ったものを用意する。それが、私たちの不倫関係だった。
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